可愛いものが似合わない
花柄や、たくさんのレースがふんだんに使われたドレス、華やかなリボンの髪飾り、猫やうさぎなどの愛らしいぬいぐるみ。
セシルは昔からそういった可愛らしいものが大好きである。
領地にあるヴァランティノワ公爵城や王都の屋敷のセシルの自室には、ぬいぐるみなどの可愛らしいものがたくさんある。
(でも、似合わないのは分かっているわ……)
セシルはこの日もため息をついて、軍服を身にまとった。
鏡に映る自分の姿を確認する。
真っ直ぐ伸びたアッシュブロンドの髪は、動きやすいようにシニョンにまとめている。
女性としては高い身長。
顔立ちも、中性的で凛としている。
軍服姿がよく似合う容姿だった。
(別に、軍服は動きやすいから嫌いじゃないわよ。だけど……)
セシルの脳裏にマリエルの姿が浮かぶ。
ふわふわとしたストロベリーブロンドの髪に、くりっとした大きなアメジストの目。
きめ細やかで透き通るような白磁の肌。
華奢で小柄で、小動物や人形を彷彿とさせる容姿。
同性のセシルですら、マリエルのことを守りたいと思ってしまうくらい。
(マリエルみたいだったら、私も可愛いものや可愛いドレスが似合ったのかしら……)
セシルはため息をつき、自嘲した。
(まあ、嘆いても仕方がないわね。そろそろ学園が始まる時間にもなるし、行かなければ)
セシルは切り替えて、ラ・レーヌ学園へ向かうのであった。
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「まあ、セシル様よ」
「今日も格好良くて素敵ですわ」
「颯爽と歩くお姿、凛としておりますわね」
学園内で、セシルは令嬢達から憧れの眼差しを向けられている。
そんな中セシルは訓練場へ向かっていた。
(さあ、今日も鍛えるわよ)
幼い頃から体を動かすことが好きなセシルは、剣術を嗜んでいるのだ。
放課後、ヴァランティノワ公爵家の馬車が迎えに来るまで訓練場で剣術の練習をするのが入学当初からの日課になっている。
時々王都の騎士団で練習させてもらうこともあるのだ。
セシルが剣を振ると、見学に来ている令嬢達がほうっとうっとりした表情になる。
訓練場にはセシル目当ての令嬢達が見学に来ているのだ。
(今日も動いたわね)
セシルはふうっと息をつく。額にはほんのりと汗をかいていた。
セシルは周囲に誰もいないことを確認し、ハンカチを取り出す。
先日マリエルと手芸をした時に刺繍したハンカチである。
ハンカチに、菫の可愛らしい刺繍を自ら施したのだ。
(我ながら上出来ね。やっぱり……可愛いものを持っていると、元気が出るわ)
セシルは密かに口角を緩めた。
目を瞑り、菫のハンカチを胸元にスッと当てる。
その時、換気の為に開けていた訓練場の窓から風が入り、セシルのハンカチを攫って行った。
「あ……!」
セシルのハンカチは、ヒラヒラと訓練場出入り口まで飛んで行く。
セシルは急いでハンカチを追いかけた。
(待って……! 私が可愛いものを持っているなんて、マリエル以外の誰かに知られたら……!)
セシルは内心ヒヤヒヤとしていた。
(どうか誰にも見つかりませんように……!)
必死にそう願いながら、セシルは訓練場の出入り口まで駆け足で向かった。
訓練場の出入り口から少し出た所まで飛んで行ったセシルのハンカチ。
白地に菫の刺繍が施された、可愛らしいハンカチだ。
「ん……? これは……?」
そのハンカチを拾う者がいた。
どうやら偶然訓練場付近を通った者のようだ。
「あ……!」
セシルは自身のハンカチを拾われたことに、内心冷や汗をかいた。
(どうしよう……。拾われてしまったわ……)
セシルは訓練場の出入り口付近で固まってしまう。
その時、セシルはハンカチを拾った者と目が合ってしまった。
柔らかな黒褐色の髪に、甘く優しげなアンバーの目。穏やかかつ整った甘めの顔立ち。
どこか犬を彷彿とさせる雰囲気の令息である。
年はセシルと変わらないくらいだろう。
その令息は、ハンカチを持ってセシルの元へやって来る。
「このハンカチは貴女のですか?」
穏やかに微笑みながら、令息は首を傾げている。
「いいえ……違うわ」
セシルは咄嗟に首を横に振ってしまう。
「失礼します」
セシルは逃げるようにその場を立ち去った。
それ以降、ヴァランティノワ公爵家の王都の屋敷に戻るまで、セシルの記憶は曖昧だった。
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ヴァランティノワ公爵家の王都の屋敷にて。
(ああ……私の馬鹿……。本当に馬鹿)
自室でセシルは盛大にため息をつき、ソファにもたれかかった。
ソファには、自作のぬいぐるみ達が置いてある。
(幸い、この子のことはバレていないけれど……)
セシルはこの日ラ・レーヌ学園に持って行っていた白猫の編みぐるみをそっと手で包む。
マリエルが作ったピンクのうさぎの編みぐるみとリボンがお揃いだ。
(でも……学園にハンカチ含めて可愛いものは持って行かない方が良いのかしら……)
セシルは白猫の編みぐるみをそっとローテーブルに置き、ソファに置いていた比較的大きめな犬のぬいぐるみをギュッと抱きしめる。
「あの菫の刺繍のハンカチ……結構上手に出来て気に入っていたのだけれど……」
セシルは自作の比較的大きめな犬のぬいぐるみに顔をうずめた。
『まあ、セシル様。貴女に可愛らしいものなんて全っ然似合いませんわ。そのドレスも髪飾りも、貴女が身に着けたら変ですもの』
子供の頃、交流のあった令嬢に言われた言葉が呪いのように重く、心にのしかかった。
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それはセシルが九歳の頃。
初めての令嬢達とのお茶会だったので、張り切って可愛らしいドレスや髪飾りで気合いを入れていた。
ピンクサファイアが散りばめられた薔薇の髪飾りに、ふんわりとしたシルエットの赤いドレス。ドレスにはレースやリボンがふんだんに使われている。
「髪飾りもドレスも可愛いわ……!」
セシルは鏡に映る自分を見て満面の笑みを浮かべていた。
「セシルお嬢様、可愛らしくて素敵です」
侍女もそう言ってくれた。
セシルは胸を張ってお茶会に参加した。
お茶会と言っても、社交界での公式なものではなく、子供達だけの練習のようなものである。
基本的に成人前に社交界行事に参加することはないが、上級貴族の子女達は社交界デビュー前に小さなお茶会などで場慣れしていくのだ。
しかし、いざ参加すると、以前から交流があった令嬢からこう言われた。
「まあ、セシル様。貴女に可愛らしいものなんて全っ然似合いませんわ。そのドレスも髪飾りも、貴女が身に着けたら変ですもの」
セシルは、背後から頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
セシルにそう言った令嬢に、悪気があったかどうかは分からない。
しかしセシルは自分の好きなものを、似合わないと否定されてショックだった。
それ以降、セシルは可愛いものを身に着けられなくなってしまった。
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セシルは九歳の頃を思い出しながら、顔をうずめていた犬のぬいぐるみをそっと隣に置く。
(……私、昔から背が高くて、顔立ちも大人びていると言われていたし……可愛いものな似合わなくても仕方ないわよね)
セシルは再び大きなため息をつき、ソファに深くもたれかかった。
ソファやベッドの上には、セシルが作った可愛らしい動物のぬいぐるみがたくさん置いてある。
可愛いものが似合わないと言われてショックを受けても、やはり可愛いものを好きでいることだけはやめられなかった。それは可愛いドレスやアクセサリーを身に着けられなくなってしまってからもである。
ローテーブルに置いた、白猫の編みぐるみを指でちょこんと触る。
耳の赤いリボンは、マリエルが作ったピンクのうさぎの編みぐるみとお揃いである。
ふと、マリエルの姿が脳裏に浮かんだ。
レースがふんだんにあしらわれたピンクのAラインドレスや、この前ヴァランティノワ公爵家の王都の屋敷に来ていた時に着用していた淡い黄色の花柄のドレス。
それらはマリエルによく似合っていた。
(マリエルは……いつも可愛いドレスやアクセサリーを身に着けていて、しかもそれがとても似合っている。……羨ましいわ。嘆いても仕方がないことは分かっているけれど……)
セシルは再びため息をつく。
「マリエルみたいになりたいわ……」
ポツリとそう呟くのであった。
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