心を解き放った後
季節は春になった。
ナルフェック王国では社交シーズンが始まり、王都アーピスにも貴族達が集まり始めていた。
サシャとマリエルは、想いが通じ合って以降婚約の準備を整えており、つい最近晴れて婚約者同士となった。
「この前のマリエル嬢のご両親との顔合わせ……物凄く緊張した」
ラ・レーヌ学園での昼休みにて、サシャは食堂でマリエルと昼食を取りながら苦笑した。
「そうは見えませんでした」
マリエルはふふっと鈴の音が鳴るような声で笑っている。
「そりゃあ、マリエル嬢の前では余裕あるように見せたかったし……」
サシャは少し頬を赤く染め、サファイアの目をマリエルからそらした。
マリエルはそんなサシャを見てクスクスと笑っている。
「サシャ様、可愛らしいところもありますわね。やっぱり、セシル様と性格も似ていらっしゃいます」
「セシルと?」
サシャは双子の妹、セシルの姿を思い浮かべる。
同じ親から生まれ、アッシュブロンドの髪とサファイアの目は同じであり、顔立ちは確かに似ている。
しかし、性格は割と正反対な気がしたのだ。
「ええ。セシル様も、最近セヴィニエ侯爵家のレイモン様とご婚約なって、レイモン様に会う時のドレスをどうしようか悩んでいらっしゃいましたもの。レイモン様に可愛いと思われたいらしいですわ」
マリエルはセシルからドレスなどの相談を受けているようだった。
セシルもサシャの知らないところでレイモンと出会い、交流を深めていたらしい。
何でも、レイモンが姪への誕生日プレゼント用に大きなテディベアを作ろうとしていたらしく、セシルはそれを手伝ったようだ。
そのテディベアは、無事にレイモンの姪の誕生日までに完成し、レイモンの姪は大層喜んでいたらしい。
「あ、噂をすれば、セシル様がこちらにいらっしゃいますわ」
マリエルは楽しそうな笑みを浮かべている。
マリエルの視線の先には、確かにセシルがいた。そしてセシルの隣には、レイモンがいる。
いつも軍服姿だったセシルは、最近パンツドレスを着用するようになっていた。
「あら、マリエルじゃない」
セシルはマリエルの姿に気付き、マリエルに話しかける。
双子の兄であるはずのサシャは無視である。
「ご機嫌よう、セシル様、レイモン様」
マリエルはセシルとレイモンに軽く挨拶をした。
どうやらセシルとレイモンは昼食を終え、食堂から出るところのようだった。
「セシル様、そのドレス、とても素敵です」
藍色のパンツドレスを身にまとうセシルに、マリエルはアメジストの目をキラキラと輝かせていた。
「ありがとう、マリエル」
セシルは嬉しそうにはにかんだ。
「特に、レースが綺麗ですし、光の加減によって浮き出るデルフィニウムの刺繍が可愛らしいですわ」
「お、マリエル嬢もデルフィニウムの刺繍に気が付きましたか。このドレス、パッと見はシンプルですが、よく見ると可愛いですよね。セシル嬢にお似合いですよね」
「はい、とても」
マリエルとレイモンは、セシルが着ているドレスの話で盛り上がる。
ドレスに疎いサシャは黙って話を聞いていた。
「マリエルもレイモン様も、嬉しいけれど少し照れるわ」
セシルはほんのりと頬を赤く染めていた。
(まあ、セシルも昔より明るくなったし、良かったか)
サシャはフッと表情を和らげるのであった。
「あ、そうだ、サシャ。貴方がフォワ伯爵家に婿入りするまでは、ヴァランティノワ公爵領の工房都市化計画を手伝ってもらうわよ。サボったりしたら許さないから」
「はいはい、分かってますよ。セシルは真面目だな。流石は時期ヴァランティノワ女公爵」
「サシャ、ふざけないの」
サシャがおどけた口調で言うと、セシルにパシッと肩を叩かれた。
「痛いってセシル」
サシャは叩かれた肩をさする。
マリエルはレイモンと共にクスクスと笑っていた。
その後少し談笑した後、セシルとレイモンは食堂を後にし、再びサシャはマリエルと二人になった。
マリエルはデザートのフレジェを一口食べる。
バターを混ぜたカスタードクリームと新鮮な苺とが使われたフレジェは、マリエルの大好物のようだ。
フレジェを一口食べたマリエルは、幸せそうにアメジストの目を細めている。
そんなマリエルを見て、サシャの表情は自然と綻ぶ。
「サシャ様、どうかなさいました?」
マリエルはサシャの視線に気付き、きょとんとした様子で小首を傾げている。
「いや、可愛いなと思って」
サシャは緩みっぱなしの表情のままそう言った。
するとマリエルの白磁の頬は林檎のように赤く染まる。
「サシャ様ったら……!」
アメジストの目を潤ませ、頬を少し膨らませているマリエル。
それがまた可愛くて、サシャは内心悶絶していた。
(それは反則だろう……!)
サシャはマリエルの仕草の一つ一つに心を奪われているのであった。
「あ、そうだ、サシャ様、ご報告があります。実は『ウォーム・ボトル』、次の冬からフォワ商会で売り出すことが決まったのです!」
マリエルはアメジストの目をキラキラと輝かせて溌剌とした表情になっていた。
その報告を聞き、サシャはまるで自分のことのように嬉しくなる。
「おめでとう、マリエル嬢!」
サシャの声は明るくなっていた。
「ありがとうございます! サシャ様が色々と手伝ってくださったおかげです」
マリエルはサシャにとびきりの笑顔を向けてくれている。
サシャはそれがまた嬉しかった。
「いや、マリエル嬢が頑張ったからだよ。じゃあ今度お祝いに王都で貴族に人気のカフェに行こうか。今の時期、フレジェもあるだろうし」
するとマリエルは大輪の花が咲いたような笑みで頷く。
「はい。ありがとうございます。楽しみです」
マリエルの表情はキラキラと輝いているようだった。
一度は心に鍵をかけたサシャ。しかし、そんなサシャの心をマリエルが優しく開けてくれた。
マリエルを見ていると、サシャは穏やかで幸せな気持ちになるのであった。
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これで完結になります。
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