サシャの本気、マリエルの気持ち
数日後の放課後。
ラ・レーヌ学園では迎えの馬車を待つ生徒達が思い思いの場所で過ごす中、サシャはマリエルがいる実験室に向かっていた。
改めてマリエルに気持ちを伝える為である。
自分の気持ちを伝えてから、マリエルとはあまり話をしていなかったのだ。
お互い気まずく恥ずかしいという気持ちがあったのである。
放課後もあまり会うことはなかったのだ。
(でも、逃げたくはない。いつまでもマリエル嬢と会えないのは嫌だ)
マリエルの気持ちを聞くのは少し怖くもある。
しかし、サシャは逃げないことにしたのだ。
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サシャは緊張した面持ちで、マリエルがいる研究との実験室までやって来た。
(マリエル嬢と話をしないと……)
そう意気込みマリエルがいる実験室に入ろうとした瞬間、中から話し声が聞こえた。
「貴女、最近よくヴァランティノワ公爵家のサシャ様と一緒にいるわよね?」
マリエルではない令嬢の声だ。
サシャはその声に聞き覚えがあるようなないようなと言った感じである。
「……はい、そうですが」
扉の向こうにいるマリエルの表情は見えない。
しかし、声の様子からきょとんとして戸惑っている感じは伝わって来る。
「サシャ様には気を付けた方が良いわよ。あの顔に騙されてはいけないわ」
また別の令嬢の声だ。
最初の令嬢と同じで、サシャにとって聞き覚えがあるような、ないようなといった声である。
「そうですわよ。私達、サシャ様の不誠実な態度で被害に遭いましたの」
また別の令嬢の声である。
マリエルはどうやら複数の令嬢達に囲まれているようだ。
「サシャ様の不誠実な態度……ですか……」
戸惑ったようなマリエルの声である。
「ええ、そうですわ。サシャ様は、人の心を弄ぶのがお好きなようですから」
皮肉のような、恨みのようなものがこもった声の令嬢である。
サシャは実験室前で固まっていた。
『ええ! サシャ様とセシル様、どちらがヴァランティノワ公爵家を継ぐかまだ決まっていないのですか!? じゃあ私、サシャ様と結婚しても公爵夫人になれないかもしれないということなのですね!? 公爵夫人になれないのなら、サシャ様と一緒にいる意味はありませんわ。せっかく容姿と身分が良いから近付いたのに』
そう言われて以降、女性は自分の容姿と肩書きしか見ていないと思い、女性に対して軽薄で不誠実な対応をしてきたサシャ。
今まで話をしたり、軽く遊んだ令嬢達の顔や声などは正直あまり覚えていない。
(マリエル嬢は、セシルから俺のことを色々と聞いているかもしれない。女性に対しての態度とか。でも……虫の良い話だけど、マリエル嬢にはこのことはあまり知られたくなかったな……。まあ、天罰か)
サシャは視線を落とした。
「左様でございますか。ご忠告、ありがとうございます。ですが、サシャ様のことは、自分で判断いたします。私は……サシャ様のことを信じております」
マリエルの柔らかで芯のある声が聞こえた。
サシャはハッと顔を上げる。
(マリエル嬢……!)
サシャはノックもせず、実験室の扉を開けて中に入った。
「余裕ぶっているんじゃないわよ! どうせ貴女も娼婦扱いされて終わるのだから!」
その時、令嬢達の中の一人が、マリエルに掴みかかろうとしていた。
周いの令嬢達は、困惑しながら落ち着くよう宥めている。
「マリエル嬢!」
サシャは咄嗟にマリエルと彼女に掴みかかろうとしている令嬢の間に入った。
「サシャ様……!」
サシャの登場に、マリエルは驚いたようにアメジストの目を見開いた。
周囲の令嬢達も、サシャの登場に驚いているようだ。
「君が文句を言いたいのは俺だろう。マリエル嬢は関係ない」
サシャはマリエルを庇うように立ち、マリエルに掴みかかろうとした令嬢を真っ直ぐ見る。
令嬢はキッとサシャを睨んでいる。
「その子の名前は覚えるのですね」
恨めしそうな表情の令嬢である。
サシャはその令嬢のことを、落ち着いて思い出した。
「君は……ピエレット嬢だったかな? テジョン子爵家の」
かつてセシルの友人だと言い張り、サシャに近付いた令嬢だと思い出したのだ。
その時、サシャは意地の悪いことを言ったのは覚えている。
まさかその影響が今出るとは思っていなかった。
「ええ、そうですわ! あの時はよくも私を娼婦呼ばわりしてくれましたわね!」
物凄い剣幕のピエレットである。
サシャは視線を落とし、黙り込む。
「何とか言ったらどうです!?」
ピエレットはサシャに詰め寄ったかと思うと、パシンと乾いた音がした。
「ちょっと、ピエレット様……!」
「落ち着いて」
周囲の令嬢達は困惑し、ピエレットを宥める。
サシャはピエレットの頬を平手打ちされたのだ。
その時、実験室の扉が勢いよく開く。
ラ・レーヌ学園の教師が入って来たのだ。
「今のは校内暴力ですね。テジョン子爵令嬢、学園ではいかなる場合でも暴力行為を禁ずるという校則があるのは知っているはず。言い逃れは出来ませんよ」
教師は厳しい口調でピエレットを責めた。
校内暴力は軽くて停学、厳しくて退学の処置が取られるのだ。
「ああ……これは……」
ピエレットは青ざめる。
ピエレットはそのまま教師に連れて行かれるのであった。
他の令嬢達も、困惑状態のまま解散して実験室を出て行くのであった。
実験室には、サシャとマリエルが二人きりである。
先程のことがあり、二人の間には沈黙が流れている。
「マリエル嬢……」
少し気まずい中、サシャが沈黙を破った。
マリエルの視線は、サシャに向けられる。
「大丈夫だった? 何か……色々と申し訳ない」
サシャは視線を下げて、肩を落とす。
「いえ……」
控えめなマリエルの声である。
「サシャ様は……色々なお方にお声がけしていらしたのですね」
「それは……」
マリエルの言葉に、サシャは口籠る。
「ですが、それがサシャ様の全てではないことは知っています」
柔らかで優しい口調のマリエルだ。
サシャは顔を上げる。
そこには、少し困ったように眉を八の字にして、優しく微笑むマリエルの姿があった。
「サシャ様は、私のことを色々と助けてくださいました。『ウォーム・ボトル』に関する実験や、わざわざ噴水の中に入りこの子を救い出してくれたり」
マリエルはピンクのうさぎの編みぐるみを取り出した。
「それに、先程も私を守ろうとしてくださいましたわ」
マリエルはその後、少し苦笑しながら「ですが……」と言葉を続ける。
「サシャ様、先程の方々は、傷付いておられた様子ですよ。……あまり人の心を弄んではいけませんわ」
それは優しい説教である。
マリエルの言葉は、サシャの胸にスッと入り込んだ。
「……確かに、この件は、全面的に俺のせいだ。マリエル嬢にも怖い思いをさせたし」
サシャは自嘲した。
「俺はさ、女性に対して好意を持つことが怖かったんだ」
サシャは十歳の頃のトラウマをマリエルに話すことにした。
「十歳の頃、好意を寄せていた令嬢が、ヴァランティノワ公爵家の後継ぎはセシルか俺のどちらになるか分からないと知ったら、公爵夫人になれないなら俺と関わる意味はない。俺は見た目と身分しか価値がないって言われてさ……」
「まあ……」
マリエルは少し悲しそうな表情になる。
「それ以降、女性は容姿と肩書きや身分しか見ていないから、適当に扱うことにしていたんだ。今思うと、俺相当最低なんだけどさ」
サシャはまた自嘲する。
「サシャ様……」
マリエルはそっとサシャを抱きしめた。
「マリエル嬢……!」
サシャの鼓動が速くなる。
「お辛かったのですね。……確かに、サシャ様の今まで他の方々にして来たことは、褒められたことではありません。ですが、私は知っていますから。サシャ様が、お優しい方だということを」
マリエルのアメジストの目は、真っ直ぐサシャを見据えている。
その言葉により、サシャの心は色付く。
マリエルは、カラフルな花束のような心を惜しげもなくサシャに分け与えてくれたのだ。
「ありがとう、マリエル嬢。……前にも言ったけれど、俺は、本気で君が好きになったんだ。頑張り屋なところや、その笑顔が」
サシャは再びマリエルに想いを告げた。
「サシャ様……」
マリエルの白磁の頬は、林檎のように赤く染まる。そして、赤い頬のままマリエルは破顔した。
とびきりの笑顔である。
その笑顔をサシャはいつまでも見ていたいと思った。
「私も、サシャ様のことをお慕いしております。サシャ様と一緒だと、心臓が笑うのです」
その言葉に、サシャはサファイアの目を見開いた。
マリエルに受け入れてもらえたのだ。
「ありがとう……!」
サシャは嬉しさのあまり、マリエルを強く抱きしめるのであった。
「何だか照れてしまいますね」
マリエルはサシャの腕の中ではにかんでいた。
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