セシルとレイモン
ある日の放課後。
訓練場で剣術の練習を終えたセシルは、帰る準備をして訓練場を後にした。
(そういえばマリエル、サシャのお見舞いに来た日以降何だか様子がおかしいけれど、大丈夫かしら……? サシャも色々とおかしいし……)
セシルは最近のマリエルとサシャの様子を思い出し、うーんと首を傾げていた。
(……まあ、マリエルの様子を見る限りサシャに嫌なことをされたわけではなさそうだし、大丈夫……よね? まあ、もしサシャに何かされたのならサシャをこてんぱんに叩きのめすけど)
セシルはグッと拳を握った。
「セシル嬢?」
その時、柔らかな声が聞こえた。
柔らかな黒褐色の髪に甘く優しげなアンバーの目。穏やかかつ整った顔立ちだ。
セヴィニエ侯爵令息レイモンである。
「あら、レイモン様」
「毎日訓練場にいらしているのですね」
「ええ。体を鍛えることは好きだから。もちろん、手芸も好きよ」
セシルはサファイアの目を穏やかに細めた。
レイモンと出会って以降、セシルは少しだけ彼に心を開いていた。
可愛いものや手芸が好きなことは、マリエルだけでなくレイモンの前でも隠さなくなった。
そんなセシルに、レイモンは柔らかな笑みを浮かべる。
「セシル嬢、実は今、姪の誕生日プレゼントとして大きなぬいぐるみを作っているのです。お時間があれば、アドバイスをいただけたらと思うのですが」
「え? 私に?」
セシルは少しだけ戸惑っていた。
手芸は趣味であり、誰かにアドバイス出来る程ではないと思っていたのだ。
「はい。この前の菫の刺繍が、とても可愛らしかったので」
レイモンのアンバーの目は、期待に満ちていた。
「……私で良ければ」
レイモンの期待に満ちたアンバーの目を見たセシルは、彼の期待を裏切らないなと思い、頷くのであった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
そして数日後。
この日の放課後、セシルはレイモンと共にセヴィニエ侯爵家の王都の屋敷に向かっていた。
レイモンが姪へ誕生日プレゼントとして贈ろうとしているぬいぐるみについてアドバイスを頼まれていたのだ。
(何だか……緊張するわね。ヴァランティノワ公爵家の馬車ではないからかしら……?)
セヴィニエ侯爵家の馬車の中で、セシルは少しだけ肩に力が入っていた。
実は、セシルは今までヴァランティノワ公爵家の馬車にしか乗ったことがなかったのだ。
他家の馬車に乗るのは初めてのセシルである。
(もしかして、マリエルをヴァランティノワ公爵家の王都の屋敷に誘って一緒に馬車に乗った時、マリエルも同じ気持ちだったのかしら?)
初めてマリエルをヴァランティノワ公爵家の王都の屋敷に読んだ時、張り切って自家の馬車で迎えに行ったのだ。
その時のマリエルの様子は非常に緊張していたことを思い出した。
(マリエルには少し申し訳ないことをしたわね)
セシルは当時のことを思い出しながら苦笑した。
「セシル嬢、どうかしたのですか?」
レイモンはきょとんとした様子で首を傾げている。
「何でもないわ。ただ、少し友達とのやり取りを思い出していただけよ」
セシルはフッと口角を上げる。
先程よりも緊張は薄れていた。
「セシル様のご友人ですか」
「ええ。マリエルと言うの。フォワ伯爵家の令嬢よ」
「ああ、フォワ伯爵家の。フォワ伯爵家と言えば、ナルフェック王国でも珍しく、領地に鉄鉱山がありますよね」
レイモンもフォワ伯爵家のことは知っていたようだ。
「ええ、そうよ」
セシルは頷いた。
「マリエルとは、よく一緒に手芸をするの。私が手芸をすることを打ち明けているのは、双子の兄サシャと、マリエルと貴方だけね」
セシル眉を八の字にして肩をすくめた。
セヴィニエ侯爵家の馬車は、カタコトと規則正しい音を立てて颯爽と走っていた。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
「セシル嬢、どうぞ」
セヴィニエ侯爵家の王都の屋敷に到着したセシルは、レイモンの部屋へと案内された。
「……失礼するわね」
サシャ以外の令息の部屋に入るのは初めてのセシル。
少しだけ緊張し、声が掠れてしまった。
レイモンの部屋には、刺繍など手芸に関する本が置かれていた。
セシルは思わずその中から一冊手に取る。
(わあ……。可愛らしい図案だわ……! 私もこんな刺繍をしたい……!)
セシルは本に載っている刺繍の図案を見てサファイアの目を輝かせた。
そんなセシルを見て、レイモンはアンバーの目を優しげに細める。
「セシル嬢、もしよろしければその本、お貸ししましょうか?」
「あ……。そうね、是非」
セシルはほんの少し恥ずかしくなりながらも、素直に頷いた。
(私……マリエル以外の人の前でも……素直になることが出来たわ……。可愛いものが好きな自分を出せている……!)
セシルは自分の変化に驚いていた。
『まあ、セシル様。貴女に可愛らしいものなんて全っ然似合いませんわ。そのドレスも髪飾りも、貴女が身に着けたら変ですもの』
九歳の頃に言われたその言葉は、今まで呪いのようにセシルの心を縛っていた。
しかしマリエルと出会い、少しずつその呪いは解け始めていた。そして、レイモンとの出会いにより、急速に呪いが消えていくような感じがしたのだ。
(どうしてかしら……?)
セシルはチラリとレイモンに視線を向ける。
鼓動が速くなったような気がした。
「それで、セシル嬢。これが姪の誕生日にプレゼントしようとして作っているぬいぐるみです」
レイモンは作りかけのぬいぐるみを出して来た。
「まあ……! 大きいわね……!」
セシルが予想した大きさよりもかなり大きく、サファイアの目を見開く。
大きな熊のぬいぐるみ――テディベアである。
と言っても、まだ顔の部分しか完成しておらず、体の部分は途中までであった。
「このテディベア……可愛いわ! 完成したら抱きつきたくなるくらいよ!」
セシルはサファイアの目をキラキラと輝かせていた。
普段は凛としてクールなキャラのセシル。
しかし今はひたすら好きなものに夢中になっている、年相応の少女の表情である。
レイモンはそんなセシルを見て穏やかに笑っていた。
そのアンバーの目は、まるでセシルを見守るかのようである。
レイモンの視線に気付いたセシルはハッと我に返り、顔を赤くする。
「恥ずかしいところを見られてしまったわね……」
レイモンから目をそらし、肩をすくめるセシル。
「全然恥ずかしくないと思いますよ。僕は、好きなものに素直なセシル嬢、良いと思いますよ。可愛らしいです」
レイモンの言葉は真っ直ぐだった。
セシルの顔は、更に赤くなる。
「私が……可愛い……!? 初めて言われたわ……」
普段令嬢達から「格好良い」と騒がれて、セシルはそれには慣れている。
しかし、自身が「可愛い」と言われることには全く慣れていないのだ。
「セシル嬢は、可愛らしいです」
レイモンはもう一度、セシルを見てそう言った。
「……そう」
どう返して良いか分からず、セシルはレイモンから目をそらしてしまった。
「とにかく、そのテディベアは姪っ子さんにプレゼントするのよね」
誤魔化すよに話をそらすセシル。
レイモンは「ええ」と頷く。
「アドバイスと言われたけれど、正直問題ないと思うわ。布の色遣いもセンスが良いと思う」
「ありがとうございます」
レイモンはセシルの言葉に嬉しそうな表情をしていた。
どこか気恥ずかしそうに、頭を掻いている。
「ところで、姪っ子さんのお誕生日はいつなのかしら? 結構大きなテディベアだし、問題があるとしたら間に合うかだと思うわ」
すると、レイモンはすこし気まずそうにセシルから目をそらす。
「……来月です」
「来月……」
セシルはレイモンと作りかけのテディベアを交互に見る。
完成したら恐らく売り物と遜色のないテディベアになるだろう。そのくらいのクオリティである。
しかし、来月までに完成するかと言われると、少し微妙なのであった。
「レイモン様、手伝うわ」
セシルは苦笑しながらそう申し出た。
「いえ、そんな。セシル嬢のお手を煩わせるわけには」
レイモンは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「別に、私が楽しそうだと思ったから提案したのよ」
セシルはクスッと笑う。
「テディベアは可愛いし、こんな大作に携われるなんて、楽しいに決まっているわ」
セシルのサファイアの目は輝いていた。
「……そういうことでしたら、お願いします」
レイモンは肩をすくめ、眉を八の字にしながらセシルに頼むのであった。
こうして、セシルはレイモンの姪にプレゼントするテディベア作りを手伝い始めたのである。
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