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心の檻を開ける鍵  作者: 宝月 蓮


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11/15

お見舞い

 フォワ伯爵家の王都の屋敷(タウンハウス)にて。

 マリエルは自室で綺麗になったピンクのうさぎの編みぐるみを眺めていた。

(この子は……サシャ様が助けてくださったわ。でも、サシャ様は……)

 マリエルは表情を曇らせる。

 比較的暖かい日とは言えど、冬に噴水に入ってびしょ濡れになったサシャ。

 サシャはあの後風邪を引いてラ・レーヌ学園を休んでいるのだ。

 セシル曰く、「サシャなら寝ていたら治るわよ。体は丈夫なんだから。マリエルが気に病むことではないわよ」とさっぱりとした笑みを浮かべていた。

(でも、サシャ様が風邪を引いてしまったのは、(わたくし)のせいでもあるわ……)

 マリエルはふうっとため息をつく。

(何かサシャ様に出来ることはないかしら……?)

 マリエルはソファに座ったまま、うーん、と考えている。

(そうだわ……! お見舞いの品を贈りましょう)

 ハッと思い付き、マリエルはソファから立ち上がりフォワ伯爵家の使用人を呼んだ。

「マリエルお嬢様、何かございましたか?」

「編みぐるみを作りたいの。毛糸と綿と、かぎ針などを用意してちょうだい」

「かしこまりました」

 マリエルはサシャへのお見舞いに、編みぐるみを作ることにしたのだ。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






(サシャ様……)

 マリエルはサシャのことを考えながら、編みぐるみを作っていた。

(最初、セシル様に双子の兄を注意しに行くから、その時に暴力を振るわないように見張っておいてと頼まれたわ。それに、サシャ様に暴力を振るいそうになったら止めて欲しいと言われたわね)

 マリエルが初めてサシャと出会ったのは、セシルが彼へ注意に行く時だった。

 マリエルは最初、セシルがそこまで言う人物なのだから警戒が必要だと思っていた。

(あの時、まさかサシャ様から手にキスをされるとは思っていなかったわ……)

 マリエルはサシャと初めて出会った時にキスをされた手をそっと反対の手で握る。

 キスをされた手は、ほんのりと熱を帯びているような感覚になっていた。

 それから、サシャとのことを思い出すマリエル。

(『ウォーム・ボトル』の研究を手伝ってくださったし、高い所にあるものや重いものを持ってくださる。それに……)

 マリエルは中庭に馬術クラブの暴れ馬ネモフィラが現れた時のことを思い出した。


『マリエル嬢!』


 サシャはこちらへ向かって来る暴れ馬ネモフィラから、マリエルを守ってくれた。

 サシャの大きな体に包み込まれ、マリエルはその時ドキドキしていたのだ。

 そしてその後、ネモフィラに蹴り飛ばされたマリエルの編みぐるみをまるで自分のことのように必死に探してくれた。

 自身が濡れるのも厭わず、噴水の中に入り編みぐるみを救い出してくれたのだ。


 マリエルはテーブルの上にちょこんと乗っているピンクのうさぎの編みぐるみに目を向ける。

 アメジストの目は、優しく穏やかである。


(セシルからは、女性に対して軽薄で不誠実だからサシャ様には気を付けるようにとは言われたけれど、やはりお優しい方だわ)

 マリエルの鼓動は高鳴る。

 いつの間にか、サシャに対する気持ちが大きくなっていたのだ。

(サシャ様……お会いしたいわ)

 マリエルはそう思いながら、編みぐるみを作る手を進めていた。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






 翌日の放課後。

「マリエル、サシャのお見舞いなんて、気にしなくて良いのに」

 セシルはそう苦笑していた。

 マリエルはセシルにお願いしてヴァランティノワ公爵家の王都の屋敷(タウンハウス)に向かっていた。

 ヴァランティノワ公爵家の馬車に乗せてもらっているのだ。

「ですが、サシャ様の風邪は(わたくし)のせいでもございますから」

 マリエルは肩をすくめた。

 純粋にサシャを心配する気持ちもあるが、それ以外の気持ちもあるのだ。

「マリエルは優しいわね」

 セシルは表情を和らげた。

「そういうわけではございませんが……」

 マリエルはセシルの言葉に少しだけくすぐったくなり視線をそらした。

 サシャに渡す編みぐるみが入ったラッピングされた袋を、そっと握るマリエルであった。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






 一方、サシャはヴァランティノワ公爵家の王都の屋敷(タウンハウス)の自室で寝込んでいた。

 熱は下がり、風邪をひき始めた当初と比べると症状はかなり軽くなっている。

 倦怠感も改善されつつあり、感覚的にはもう少しで復活するところまで来ているサシャだ。

(マリエル嬢……)

 脳裏に浮かぶのはマリエルの姿。


 目標に向けて真っ直ぐ頑張る姿、トラブルがありオロオロとする姿、不思議そうに小首を傾げる仕草、大輪の花が咲いたような笑顔。


 その全てが、サシャの心を捕らえて離さなかった。


(マリエル嬢に……会いたいな。でも、風邪を移すわけにはいかないし……)

 サシャはぼんやりと天井を見ながら軽くため息をついた。


 その時、サシャの部屋の扉がノックされる。

 セシルである。

「サシャ、入るわよ」

 セシルのその声と共に、サシャの部屋の扉が開いた。

「セシル、何の用?」

 はあっとため息をつき、セシルの方を向く。

 しかし、そこにはセシルではない人物がいた。

 サシャはサファイアの目を大きく見開く。


 ふわふわとしたストロベリーブロンドの髪に、くりっとして大きなアメジストの目。アメジストの目は潤んでいる。

 小柄で華奢で、白磁のきめ細やかな肌に、小動物や人形を彷彿とさせる顔立ち。


「マリエル嬢……!? 何でここに……!?」

 今までベッドの上にいたので、ボサボサになっているアッシュブロンドの髪を慌てて整えるサシャ。

 セシルは声だけかけて自室に戻ったようである。

「ご気分はいかがですか? まだしんどいですか?」

 優しく心地の良い声のマリエル。

 まるで天使のように見えた。

「サシャ様、(わたくし)のせいで本当に申し訳ございません」

 マリエルは肩を落として涙目である。

 その姿すら、サシャは可愛いと思ってしまう。

「あの編みぐるみ、大丈夫だった?」

「え……?」

 サシャの言葉に、マリエルはきょとんとした。

「ほら、汚れとか、色々と」

「それは、洗えば何とかなりましたわ」

 マリエルはスッとピンクのうさぎの編みぐるみを出した。

 汚れもなく綺麗な状態だ。

「色々とありがとうございます。でもそのせいでサシャ様が……」

 マリエルのアメジストの目は、心配と申し訳なさに染まっている。

「マリエル嬢のせいじゃない。俺がやりたくてやったことだからさ。マリエル嬢が気にすることじゃないんだ」

 それはまさしくサシャの本心である。

 マリエルが気に病まないようフッと優しい表情を浮かべた。

「それに、もうすぐ復活するところまで来ているし。体もかなり軽いんだ。今から全力で走ったりしてもきっと余裕だと思う」

 サシャは更におどけて見せた。

「サシャ様……」

 マリエルは少し安心したように、クスッと笑った。

(良かった。ようやくマリエル嬢が笑ってくれた)

 マリエルのその表情を見たサシャは、ホッと胸を撫で下ろした。

「サシャ様、実は本日、お見舞いの品をお持ちいたしましたの」

 マリエルはラッピングされた小さな袋を取り出す。

「どうぞ」

 マリエルはそっとサシャの前に袋を差し出した。

 サシャはサファイアの目を見開く。

 まさかマリエルから見舞いの品がもらえるとは思わなかったのだ。

 マリエルが来てくれたこと自体が、サシャにとってもう満足なのである。

「ありがとう、マリエル嬢。……開けてみて良い?」

「はい。お気に召すと良いのですが」

 マリエルは肩をすくめた。

 そっとラッピングされた袋から見舞いの品を取り出すサシャ。

 その手つきはまるで宝物を取り扱うかのようだった。

 袋の中に入っていたのは、グレーの狼の編みぐるみ。胸元にはマリエルの編みぐるみとお揃いの赤いリボンが蝶ネクタイのように付けてある。

「おお、可愛い」

 意外なものだったので、サシャは思わずクスッと笑った。

「すぐ出来るものが、編みぐるみでしたので」

 マリエルはグレーの色の編みぐるみの隣に、自身のピンクのうさぎの編みぐるみを並べた。

「ガオー、食べちゃうぞー」

 サシャは狼の編みぐるみを持っておどけた。

 マリエルはクスクスと鈴の音が鳴るような声で笑っている。

「きゃあ、逃げないと」

 うさぎの編みぐるみを逃げるように動かすマリエル。

 その後、お互いに顔を見合わせて笑い合っていた。

「自然界では、うさぎは狼に食べられてしまいます。ですが、編みぐるみならこうして並べて仲良くすることが出来ますね」

 無邪気な表情で、マリエルは再び狼の編みぐるみの隣にうさぎの編みぐるみを並べた。

 二つの編みぐるみは、仲良く寄り添っている。

 マリエルはそんな二つの編みぐるみを指で優しく触れる。

 サシャは思わずその横顔に見惚れていた。

(やっぱり……可愛いな。でも、マリエル嬢は可愛いだけじゃない。真っ直ぐで、頑張り屋で……)

 急にマリエルへの想いが溢れ出した。

 心の奥底から、泉のように湧き上がる気持ちがとどまることを知らない。


「マリエル嬢が好きだ」


 サシャはそう言葉にしていた。

 サファイアの目を、マリエルに真っ直ぐ向けている。


「え……?」

 マリエルはアメジストの目を大きく見開き、白磁の肌を林檎のように真っ赤に染めていた。

 戸惑いを隠せないその表情。

 アメジストの目は潤んでいる。


 一度言葉にしてしまったら、なかったことには出来ない。

 サシャは想いの全てを伝えることにした。

「俺は、マリエル嬢が好きなんだ。別に熱に浮かされているわけじゃない。正気だから。君の一生懸命な姿や、優しさ、笑顔、全てが好きなんだ」

 真剣な表情で、素直な気持ちをマリエルに伝えるサシャであった。

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舞台と時系列が大体同じな物語です→『地味令嬢と地味令息の変身』
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