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私の靴に花びらが

掲載日:2026/01/28

 空が、花束を踏んだ。俺が渡した花束を。虫を潰すように、空は踵を返して歩き出した。


「……待てよ……。待ってくれよ! 俺はお前がいないとダメなんだ! お前がいなきゃ俺は!料理もできない、靴も履けない、何もできないんだ! 待てよ! 空ぁ!」


 俺は力が抜けたように膝から崩れ落ちる。ただただ叫んだ。叫ぶことしかできなかった。


「俺には空しかいない。空がいなくなって、俺はどうすればいいんだよ? ……どうして今、気づいちまったんだよ……。どうして……こうなっちまったんだ……」

 俺の名前は誠。大学を中退した後2年間フリーターをして、今は大学の時の仲間と5年ほどバンドをやってる。ここまでが俺の現状だが、一つ忘れちゃいけない部分がある。俺は音楽の天才ってことだ。だからこそわかる。俺の張り詰めた緊張を壊すこの音。周りの雑音が聞こえなくなる最高の音。そして、


「しゃあああああ!!!!!」


 この高揚感!!


 目がチカチカする光の中、画面の向こうにいる知らないキャラクターが俺に微笑む。そう、俺は今、パチンコを打っている。


 俺の興奮具合に驚いたのか、通話していたバンド仲間の声が大きくなる。


『誠、お前また当たったのかよ。まじでエグすぎ!』


『そんじゃ、今日は誠の奢りな!』


『お、それいいじゃん。エグすぎ!』


「なんだお前ら俺にたかりやがってよ。給料はどうした? もらったばっかだろ?」


『もう今月の給料全部溶かしちまったよ。俺ら2人して昨日から何も食べてないんだぜ?』


『俺らまじおかしくね? エグいて!』


『お願いだよ誠。今日のMVP!』


『金めっちゃあんだろ?』


「おう……。おうおう! そんなことならなんでも奢ってやるよ!」


 これが俺のバンド、人数は最低限の3人。俺がボーカルとギター。他の2人でベースとドラムをしている。こいつら、才能はないしブサイクだけど、俺はこいつらが好きだ。自分より下のやつを見るとなんとも言えない優越感に浸れるからな。


「今日は朝まで飲むぞ!」



 あれから5時間。いろいろハシゴしてもう朝の6時だ。まだ酒は抜けてない。俺は朝日に少しずつ慣れてきた目を擦りながら手すりが錆びて、少し苔が生えているアパートの階段を登る。廊下を進み、家の扉の前に着く。そして、インターフォンを押す。すると、パジャマ姿の空が扉を開ける。


「おかえり、誠くん。遅くなるなら連絡してよ。」


 これは彼女の空。空は俺のバンドのファンで、4年前に告白されて付き合った。どうやら、俺の曲を聞いて、相当救われたらしい。そして、俺は3年くらい、空に養ってもらってる。


「ごめんって空ちゃ〜ん。次からは連絡するから〜。はい、見つけたから買っちゃった。」


 そう言い俺は空に一輪の白い花を渡す。空は花が大好きだ。そして、こうやって花を買っていくと大体のことは許してくれる。


「わ、綺麗……。」


 俺は吐息混じりに呆然としている空の頬にキスをする。空は耳を赤くなりだす。


「誠くん酒臭いよ」


 空は思考を止めた表情になりながら俺を家の中へ入れ、靴紐を解いて靴を脱がせる。


「朝ごはん誠くんの分も作ってあるけど食べる?」


「いや、俺お腹いっぱいだしもう寝るわ。」


「じゃあ、冷蔵庫に入れとくから起きたら食べてね。」


 空は半分寝ている俺に肩を貸し、ベッドまで連れて行く。整頓された綺麗なベッドだ。さっきまで空が寝ていたとは思えない。ベッドに着き、空が俺を下ろそうとした時、俺は空を抱き抱えながらベッドに倒れ込んだ。


「誠くん、ダメだよ。私これから仕事なんだから。」


「わかってるよ……。空と一緒に居たいだけ。」


「誠くん……。」


「……。ごめんな、空。こんな俺で、明日からはちゃんとするからよ。」


「……うん。」


 その言葉を聞いて俺は眠りについた。



 楽しみだ、楽しみで楽しみで仕方がない。今日はバンドのライブの日だ。ライブと言っても、俺のバンドだけでやるわけじゃない。他にもう2組別のバンドがあり、その2組と合同でライブをすることになっている。だが、揺らがないのは気持ちはただ1つ。俺は今、最高に興奮しているってことだ。俺は落ち着かない気持ちのまま、机の上にある一輪の白い花と、色とりどりの花が刺された花瓶を横目にライブの告知を確認している。すると、空が料理を机に並べる。


「はい、誠くん。しっかり食べて、今日の本番頑張ってね!」


 そう言い、空が俺の向かいの椅子に座る。俺はバンドの仲間とライブについて連絡をしながら食べ始めるが、空が俺のことをずっと見てくる。


「なんだよ、何見てんだよ。」


「いやぁ、誠くんが私の前でご飯食べてるのひさしぶりだし、見ておこうかなって。」


「やめろや食べづらい。」


「えー。うーん。うん」


 空は見るのをやめるつもりはないらしい。そのままの状態で数分が過ぎ、俺が飯を食べ終わると、空は急にモジモジとし、食器を台所に運び、俯きながら座り直す。


「……なんか変だぞお前」


「いや、まあ、その。まだ、時間ある?」


「あるにああるけど。なんなんだよ、さっきからずっとモジモジして、トイレならいけば?」


「いや、トイレじゃなくて。うーんとね、やっぱりこうやって話せる時間って少ないし、今のうちに話しておきたいことがあるんだ。」


「言うなら早く言えって」


「私たちって、その……。結婚するよね?」


「おーん。まあするんじゃね?」


 空の顔がパッと明るくなり、少し早口になる。


「そうだよね! じゃあ、式はいつあげよっか?」


「しきぃ? あんなん高いだけだろ。俺金ないし、別に上げなくてもいいよ」


「大丈夫、誠くんに出させるつもりはないよ! お金は私がなんとかするから。誠くんは何もしなくてもいいよ」


「なんだその言い方。そうだ! 今日出す曲マジでくると思うからよ、そん時の金で式代くらい出してやるよ」


「本当? そんなこと言ってくれるなんてうれしいな」


「しかもよ、今回はレコード会社の人も来てくれるらしいんだよ。絶対爪痕残してビッグになってやるからな!」


「嘘!? 誠くんなら絶対できるよ! 才能あるんだし!」


 そう言いながら、空はポケットから鍵を取り出して俺の前に出す。


「これ、あげる」


「なにこれ?」


「合鍵。明日、大事なプロジェクトが入っちゃって。今日は私早く寝るから。ほら、ライブの時間かなり遅いしこれで家に入ってね」


「は? 今日来れないの?」


「ごめんね、急に決まっちゃってさ、これだけは絶対に寝坊とかダメなの」


「言い訳はいいから、次は絶対来いよ」


「もちろん。絶対に行くから。ギターの準備はもうしたの?」


「あー、まだしてねぇな」


「じゃあ、準備しちゃうね」


「おっけー」


 テキトーに返事を返してスマホを見ていると、バンド仲間から連絡が入る。ライブが終わったらなにをするかのメールだ。俺はただ一言、『ラーメン行こうぜ』とだけ打つ。


「誠くん、準備終わったよ。」


 俺はその言葉を聞き、椅子から立ち上がり玄関に向かい、靴に足を入れると、空が背中にギターを背負わせ、靴紐を結び出す。


「よし、終わったよ」


「じゃあ、行ってくるわ」


「うん、いってらっしゃい」


 俺は勢いよく扉を開けて、閉める。どこからか自信が湧いてくる。なんかいける気がするんだ。今度こそ、絶対に成功してやる。



 結論から言うと、散々だった。見にきた客は他のバンドのファンだったし。しかもあいつら俺らの時だけスマホ見やがってよ。それに、レコード会社のやつも俺らを素通りして他のバンドに話しかけてった。イライラしてくる。ただただイライラしてくる。だから、パチンコでも行こうという話になったんだが、今は持ち合わせがなかったので一旦帰って金を持って行こうと家に帰っているところだ。


 階段を登り、家のインターフォンを鳴らそうとした時、ふと思い出す。


「あ、そういや合鍵持たされたな。」


 俺は鍵を開けて家に入り、乱雑に靴を脱ぐ。部屋は暗く、空の寝息が微かに聞こえる。


「確かここら辺に家賃が……。あれ? 場所変えられてる。どこやったんだ……?」


 俺は戸惑いながらも慎重に棚を確認する。すると、二重底になっている場所を見つけた。不思議ながら見ていくと、分厚い封筒を見つけた。俺は好奇心のまま中を見る。


「えっ?」


 その封筒には大量の一万円札が入っていた。数えると優に100枚は超えていた。


「こんだけあればなんでもできるじゃねぇか、なんの金かはしらねぇけど、倍にして返しゃあいいよな……」


 俺はその金を持って行き、夜の街を楽しんだ。大半をパチンコで溶かし、残った金で飲めや歌えやの大騒ぎ。1日中際限なく使い続けた金は結局、すべてなくなってしまった。一度朝を迎えた空が再び暗くなり、俺が家に帰った頃には、すっかり夜になっていた。

 酔っ払いながら家に帰ると、まだ空は帰っていないらしい。椅子に腰掛けて携帯を確認すると空から大量に心配の連絡がきていた。テキトーに返すスタンプを選んでいると、扉が勢いよく開く音がした。


「誠くん!? 心配したんだよ? いつ帰ってきたの?」


「さっきだよ。バンド仲間と今回の反省会してた」


「そっか、お酒飲んでたんだね。よかった……。そうだ! 今日お給料が入ったからさ、ひさしぶりに出前取らない?」


「まじ!? じゃあ寿司食おうぜ寿司!」


「お寿司! 絶対にお寿司にする!」


「どうしたんだよ空、今日は羽振りがいいないつもは節約とか言って寿司なんか頼まないだろ?」


「うーんとね、お金を貯めててさ。今日で目標金額に届いたんだよね」


 空は携帯で出前を頼み始める。出前を頼み終わったあと、少し緊張した顔つきになった空が口を開く。


「誠くん。今日はさ、話があるんだ」


 そう言いながら空は棚の中を探し始める。数秒経った時、急に空の体が固まり、今度は焦りながら棚の中を探し始めた。


「ねえ、ここに置いてあったお札がたくさん入ってた封筒どこにあるか知らない?」


「それ? わりぃ、全部使っちまったよ。あ、でもよ、俺が売れたら倍にして返してやるからさ許してくれよ」


「なんで? あれ、私が2年かけて貯めたお金だよ?」


「お前金使わねぇじゃん。あんな金なんのために使うんだよ」


「私たちの、結婚式のお金だよ?」


「は? 結婚式?」


「そうだよ、この前、結婚するって言ったじゃない? だからさ、あのお金で!」


「なんでお前と結婚なんかしなきゃなんないんだよ」


 空が下を向き始める。体中が震えている。俺が空の様子を見ようとした時、空が俺を突き飛ばす。


「出てけ! 出てけこのクソ野郎! 出てけ!」


 俺が混乱している間に俺は外に押し出され、凄まじい破裂音と共に、扉が固く閉ざされた。


「……おい……。おい! 開けろよ! 空! おい!」


 怒号を飛ばすが、帰ってきたのはなにかが割れる音が一回だけ。結局その日に扉が開く時はなかった。俺はその日からバンド仲間の家を転々とし、数日を過ごした。もうこれ以上はバンド仲間も俺を泊めてはくれない。その時、ふと思った。あんなに怒った空は見たことがない。だが、俺は空の怒りの鎮め方を知っている。俺はなんとか金を集め、色とりどりの花が10本ほどまとめられている花束を買った。それをウエストポーチに押し込み、空の家へ向かって、合鍵で鍵を開ける。空は驚いた顔をしていたが、すぐに口を開く。


「なに?」


「いや、ちょっと、話があってさ」


「……外で話そ」


 俺と空は近くにある公園まで歩いた。外は少し暗くなり始めていた。公園に着き、空と向き直る。そして、ウエストポーチのジッパーを下げ、中から幹の折れかけた花束を出す。


「金の件はよ、悪かった。これ、反省の印だよ。ごめんね」


 俺は空に花束を渡す。空はなにも言わない。沈黙の中数秒の時間が過ぎる。俺が反応を伺っていると、空の手から花束が落ちる。俺がわけのわからないまま呆然としていると、空が沈黙を破る。


「これが、私の返事」


 空が、花束を踏んだ。俺が渡した花束を。虫を潰すように、空は踵を返して歩き出した。


「……待てよ……。待ってくれよ! 俺はお前がいないとダメなんだ! お前がいなきゃ俺は!料理もできない、靴も履けない、何もできないんだ! 待てよ! 空ぁ!」


 俺は力が抜けたように膝から崩れ落ちる。ただただ叫んだ。叫ぶことしかできなかった。


「俺には空しかいない。空がいなくなって、俺はどうすればいいんだよ? ……どうして今、気づいちまったんだよ……。どうして……こうなっちまったんだ……」

 空の家の鍵穴は、いつの間にか変えられていた。

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