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貧乏くじの勇者

作者: 緑野タニシ

 どこかの時空、どこかの世界。勇者が敗れ、魔王によって支配された世界があった。魔物が人の上に立ち、人間はその下、いわば奴隷と化していた。

 

 魔物から理不尽に虐げられる日々の中で、人々は勇者の再来を望んでいた。今度こそ、今度こそ魔王を倒し、世界に平和をもたらすであろう勇者の再来を。


 そんな勇者に選ばれた青年が、ある魔物の集落にいた。


 「ようやく見つけました。勇者様の生まれ変わりを」


 魔物の皮を被った妙齢の女性が、眠りにつこうとしていた青年に語りかけた。期待を含んだ嬉々とした声色と裏腹に、女性の表情はひどく疲れ切っていた。


 何のことかと青年は問う。彼女曰く、魔王に敗れた勇者の遺言に「自分はこうして生まれ変わる」といった旨の言葉が残されており、それに当てはまる人物が青年だそうだ。

 

 アホらしい。


 青年はそう思ったが、言い返す間もなく女性が持っていた魔物の皮を被るよう急かされ、魔物が眠りについている間に集落を離れ、荒野を寒さに耐えながら夜通し歩き続けた。脱走には厳罰が下されると青年は主張するものの、脱走以外に集落から離れる方法が他にあるのかと問い返され、言葉を失った。


 「あなたは一体何者なんです?」


 青年が女性に聞く。


 「勇者の一族の者です。魔王に敗れてしまった勇者は私の曾祖父です」


 「わざわざ生まれ変わりを探さなくたって、あなたたち一族が戦えば話は早いでしょうに」


 青年がそう言うと、女性は「勇者の残党狩りでみんな殺されました」と目を合わせずに言った。


 「あなただけが私たち人類の最後の希望なんです」


 正直、青年は女性の言うことが信用できなかった。自分は今イカレた宗教団体の勧誘にでも遭っているのかとさえ感じた。だが、あのまま魔物の集落で奴隷として日々を送るよりかはマシな生活ができるだろうと、安易な考えを胸に女性と行動を共にした。


 青年と女性はまずは勇者が携えていた伝説の剣を手に入れるために東へと向かった。魔物の目を避けながら慎重に歩を進め、遂にとある洞窟の奥深くに突き立てられていた剣へ辿り着いた。

 剣は子供の背丈よりは少し大きい。立派な装飾が柄に施されてはいるものの、刀身は錆びだらけになっていた。

 女性の手がその剣に触れた途端、青年は信じられない光景を目の当たりにした。

 

 女性は声を出す間もなく身体のありとあらゆる水分が蒸発したかのように、若さを宿した肌は一気に皺だらけの老婆のものとなった。慌てて離したところで、その手に若さが戻ることはなかった。それでも女性は恐怖と同様で乱れた呼吸を整えながら「あなたなら問題なく引き抜くことができます」と言った。

 「今のは何だ?」と青年は問う。女性曰く、どうやらその剣は触れた者の養分を吸い取り、刃の切れ味へと還元する力を持っているらしい。


 世界を救うはずの勇者の剣にしては野蛮な代物だ。斬れば斬るほど鋭くなっていくこの剣はまさに魔剣と形容するほかない。

 勇者という仕事は人々が思い描くような輝かしいものではないのだろうと、青年は気付いたものの、まだ認めたくはなかった。


 しかしその想像の通り、剣を手にしてからの旅路で青年と女性の心は大いにすり減っていった。

 

 剣に元の輝きを取り戻すため、来る日も来る日も魔物を斬り続ける日々。伝説の剣を持っているからといって常に無傷で戦い続けられることはなく、ましてや剣術の心得のない青年には過ぎた役割であった。女性にとっても同様、武芸の心得はあったが、青年を守りながらの戦いは、身も心も青年以上に疲弊しきっていた。


 それでも青年を見放すことはせず、この旅が人類の勝利のためと信じて青年と剣を鍛え続けたが、その心意気は長くは続かなかった。


 「ほら……立ってください、魔物が来ます」


 女性は傷だらけの青年の手を取り、魔物の群れから身を隠すため、ふらつく足取りで物陰まで手を引いた。


 「もう勘弁してください。僕には荷が重すぎたんだ」

 「あなたがここで倒れてしまっては、人類の未来が……」

 「何で僕がこんな目に遭ってまで、赤の他人の未来を守らなくちゃならないんですか」


 女性も多量の出血で意識は朦朧としていたせいか、いつもなら青年の泣き言には前向きな言葉で慰めていたが、今回はそうはいかなかった。


 「私だってそう思っている。お前のような軟弱な奴隷などではなく、正式に勇者の血を引く私がその剣で世界を救ってやりたかった。お前のような奴が勇者の生まれ変わりでさえなければ私が……」


 続きの言葉を紡ぐことはなかった。ボロボロになった青年の姿と、剣を手にしたことによって更に魔物に狙われるようになった生活を思うと、何も言えなくなった。

 仮に伝説の剣を握れたとして、勇者であろうとした己のおこがましさと、浅ましさは、清廉な戦士であろうとした心に重たくのしかかった。それは、迫り来る魔物よりももっと重く。


 「泣きたいのは……僕の方ですよ」

 

 青年は女性の手を振りほどき、自らの力で立ち上がった。こんなことになるなら集落で奴隷のまま過ごしていた方が遥かにマシだった。おまけに勝手に自分を連れ出した女性は今、泣きながらへたり込んでいる。

 絶望的な状況だ。青年も死を覚悟していたが、勇者として……いや、生物としての生存本能がそのまま死ぬことを許さなかった。


 僅かに剣が輝きを失うと同時に、青年の傷が瞬く間に癒えていった。二人とも何が起きているのかは感覚で理解できた。


 力を取り戻した青年は、素人の剣捌きでありながらも、やっとの思いで魔物の群れを殲滅することに成功した。


 「剣が得た養分で回復できたなんて……」

 「あなたも知らなかったんですか?勇者の血統なのに」


 鬱憤を込めて女性に言い放ったが、言い返されることはなかった。そんないじけた態度が、青年には気に入らなかった。


 ある朝、女性が目を覚ますと青年が消えていた。

 魔物に襲われた痕跡はない、ただそこには中途半端に錆が取れた勇者の剣が転がっているだけだった。女性は剣を布で厳重に包み、青年を探しに出た。


 正直、限界だった。


 何故自分ばかりがこんな目に遭うのか。必死に生きて、武芸を磨き、勇者の宿願を果たすためにずっと努力し続けてきた。

 なのに、あの青年が全部持っている。持っているのに、逃げ出した。


 やがて、女性は青年に再会する。青年は別の集落で魔物の奴隷として働いており、勇者の生まれ変わりには到底見えない風体だった。

 青年は女性に気付くやいなや、苦い顔をした。


 「もう僕には関わらないでください」


 怖気付いたわけでも、重圧に押し潰されたわけでもない。青年はただ、疲れたのだ。

 女性は思わず手が出そうになる気持ちを抑え、再び人類の希望であること、勇者の使命の尊さを説いた。しかし、青年には響かない。女性も、自分で言っていてどこか他人事のような気がした。


 「僕だって救ってもらいたい赤の他人の一人なんですよ」


 そう言って青年は、もう女性の顔を見なかった。最後に 「大人しくしてれば生活はできるんだ」と吐き捨て、そこに勇者の資格がある者の姿はなかった。


 女性は俯いたまま、どこかへと去って行った。

 もはや(なまくら)と化した勇者の証だけを携え、縋る幻も失ったまま、歩いた。


 数年後、連合を組んだ人類が魔物に対して一斉に蜂起し、遂に魔王を打倒したという報せが世界中に届いた。そこにあの女性の姿があったのか、どこかでその報せを受け取っただけなのかは誰も知らない。

 

 たった一人の勇者など、もう必要なかった。

2019年の下書きを仕上げました。

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