会議の終わり:ウィガの場合
コレッタが配下のヴァンパイアたちを引き連れて階下へ降りて行った、その数分後。
次に漆黒の間から出てきたのは、死天王【"収穫祭"のウィガ】であった。
ウィガは"グリムリーパー"である。ある地方では"死神"とも称される魔物だ。
曲者揃いの死天王の中でも、ウィガの意外性は飛びぬけている。なんというか色々と「イメージと違う」部分が多い魔物なのだ。
死神というと、漆黒のローブをかぶったガイコツの姿を想像する人類が多い。
しかしウィガは筋骨隆々なマッチョメン。おどろおどろしい骨のイメージとは程遠い。彼の姿を見て「死神だ」と一発で気づける人はまずいないだろう。
死神といえば、魂を刈り取る巨大な鎌のイメージも根深い。
ところがウィガは鎌どころか武器を持っておらず、戦闘においても基本は素手で戦う。
……であれば物理攻撃を得意とするタイプなのだろうと思ってしまいそうだが、実はそういうわけでもない。
ウィガの力の神髄は「魂の刈り取り」である。彼はその手で触れた相手の魂を刈り取り、即死させる能力を持っているのだ。
さらに刈り取った魂は"ゴースト"という魔物に変化し、配下としてウィガに忠誠を誓うようになる。
ウィガがひとたび戦場を駆け回れば、人類の兵士たちは次々と倒れ、瞬く間にゴーストの軍勢が増えていく。
死神の力の前では、どんな強者もなすすべなく"収穫"されてしまうのだ。その悪夢のような光景から、人類は彼を【"収穫祭"のウィガ】と呼び恐れていた。
「はぁ~ぁ、これから領地まで帰るの面倒ねぇ……」
意外性といえばもうひとつ……。ウィガは筋骨隆々の男性体だが、心の内側には乙女が住んでいた。
死神かと思えばムキムキで、近接攻撃系かと思えば搦め手使いで、男かと思えば乙女で。見た人の予想をことごとく裏切る、それが死天王【"収穫祭"のウィガ】なのだ。
「あらぁ、アンタたちわざわざ待ってたのォ?」
ウィガが階下に姿を現すと、待機していた魔物たちが一斉に頭を垂れた。
コレッタとその配下がすでに立ち去った今、ここに残っているのはすべてウィガの配下だった。
「フヒヒ……もちろんでございます、ウィガ様」
「先帰ってていいって言ったじゃない」
「いえ……そういうわけには……主を置いて帰るなど……」
「だぁいじょうぶよォ、そんなん気にしないで。ちかごろ運動不足だし、歩いて帰るから」
「あの、そんな、近所に買い物にきたんじゃないんですから……」
ウィガの筆頭家臣であるビバンタンはたじたじになりながらも、なんとかウィガに送迎を認めさせた。
ビバンタンが指示すると、魔王城に"火車"が近づいてきた。火車はゴースト系の魔物の一種であり、幹部クラスの魔物を乗せる長距離移動の足としても重宝されている。
まぁ火車の最高速度より、ウィガが走ったほうが普通に速いのだが。周囲に威厳を見せつけるのも死天王の仕事ということで、ウィガは仕方なく火車に乗り込んだ。
「して、会議ではどのようなことがお決まりになったので?」
側近として火車に乗り込むことを許されたビバンタンが聞く。
今日の会議で決まったことなど何もない。しかしウィガはこれといって慌てることもなく答えた。
「べつになにも」
ウィガはただ正直に答えただけだ。
本日の魔王軍会議では、何も決まっていない。というか、何も話し合っていない。
デュラルの旅行土産が配られて、三人でくだらない話をしながら温泉まんじゅうを食うだけの会だった。
ウィガはそれをありのままに伝えたのである。しかしそれを聞いたビバンタンは「おお……」と声を絞り出し、そして涙した。
「ん? なんで泣いてんのアンタ」
「も、もうしわけございません……わし、死天王の皆様の偉大さに胸を打たれてしまいまして……」
ビバンタンは感動していた。心の底から感動していた。
魔王軍にとって最大の脅威である"勇者"の出現。その歴史的な事件のさなかにあって、死天王は「べつになにも決めていない」という。
それはつまり、策を弄する必要はないという意思表示! 偉大なる死天王にとって、勇者など取るに足らない小物なのだ。
こざかしい対策などは必要ない。我々はただ、目の前に現れた勇者を屠るのみ。それが死天王が示す意思なのだ! ……と、少なくともビバンタンはそう受け取った。
「しかしウィガ様……なにも決めていないと仰るのなら、なぜ会議がこんなにも長引いたので……?」
「あぁ、会議っていうか普通にお茶してたのよ。デュラルちゃんがおいしいおまんじゅうを用意してくれてたから」
「ふ、ふぉぉぉっぉぉぉおぉぉおおおん!!!」
「うわびっくりした。なにアンタ」
ビバンタンは感動のあまりむせび泣いた。あまりの感動に成仏してしまいそうなほどだった。
所詮人類とはいえ、勇者の実力は侮れない。事実、勇者は死天王の一角である【"無数"のマルラ】を討伐するほどの力を持っているのだから。
魔物たちの間には、少なからず勇者への恐れが広がりだしている。しかし死天王はこのような状況下で微塵も動揺することなく、穏やかにティータイムを催していたというのだ。
数百年に一度の勇者の出現など、いつものティータイムと変わらないとでも言うかのように……。強者の圧倒的な余裕。配下の魔物たちにとって、これほどまでに心強いことがあろうか。
「わ、わし……! わしは……感動のあまり……あ、ああぁあぁぁぁああああああ!!!!」
ビバンタンの体がキラキラと光に包まれ、存在自体がすーっと希薄になっていく。
ウィガはそんな様子を「えぇ……?」と引き気味に見守っているだけだった。
「ぁぁぁぁぁ……」
「嘘ぉ……成仏しちゃった……?」
ウィガの側近、ビバンタンは成仏した。