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【"無数"のマルラ】について

「つか実際問題、マルラさんの件はどうするんすか? このまま放っておくわけにはいかないっすよね」


配られた温泉まんじゅうを食べながら不機嫌そうにそう尋ねたのは、死天王が一人【"陶酔"のコレッタ】。

先日、死天王の一人【"無数"のマルラ】が討伐された件。それは人類にとっても、魔王軍にとっても、今後の歴史を左右しかねない一大事であった。


この度の緊急招集は、マルラが勇者に討ち取られた件について話し合うためのものだと誰もが思っていた。

ところが実際には死天王筆頭【"原初"のデュラル】が同僚に温泉旅行のおみやげを配るための招集だったと判明し、コレッタは非常に不機嫌になっている。

仲間の一人がやられたというのに、のんきにお土産など配っている場合ではない。常識的に考えれば、正しいのはコレッタのほうだろう。


「マルラのことは気にするな。アイツはいやにポジティブだからな。殺されたくらいじゃ落ち込まん」

「はぁ!? なぁに言ってんすか!? そりゃ殺されたら落ち込めませんよ誰だって! 殺されてるんすから!!」


コレッタが会議机をバンとたたいて立ち上がる。

きょとんとして顔を見合わせたのは、デュラルとウィガの二人だ。

いつも呑気なデュラルはともかく、常識的で姉御肌なウィガまでもが悠長に構えていることに、コレッタはいささかの疑問を覚えた。


「な、なんすかウィガ姉まで……」

「……あ。そっか。コレちゃんは前回の勇者出現のとき寝てたのよね?」

「え、そうっすけど……それがどうかしたんすか」


それを聞いてデュラルも「ああ、そういうことか」と膝を打った。


「コレッタはまだマルラの力を知らないんだな」

「はぁ。知らないっす。死天王が出張るほどの戦いなんて、ここ数百年なかったですし」

「まぁ真の勇者の出現ペースが200年に一度だって言われてるからな。そういえばコレッタ、前回は休眠中だったか」


死天王の面々は定期的に"休眠"に入る。期間はまちまちだが、数年~数十年ほど眠り続けるのだ。

約200年前"破壊の勇者"と呼ばれた男が魔王軍に立ち向かった際、コレッタはちょうど休眠期間中だった。ゆえに彼女は、前回の勇者との闘いの顛末をほとんど知らなかった。


「【"破壊の勇者"スリーウィ】はおっそろしく強くてな。魔王軍の拠点が瞬く間に潰されていったんだよ」


スリーウィの"破壊の勇者"という二つ名は、その圧倒的な攻撃力に由来していた。

彼は勇者でありながら聖剣を持たず、その拳を"聖拳"と称して徒手空拳で戦った。聖拳の一撃は魔物の軍勢を吹き飛ばし、巨大なドラゴンさえも一撃で屠ったのだ。


「このままじゃ配下が全滅しかねないって状況で"破壊の勇者"の討伐を名乗り出たのが、当時 死天王では新入りだったマルラだ」

「……でもマルラさん、ぶっちゃけあんま強くないっすよね?」

「弱い。死天王では最弱」


デュラルが冗談めかして言うと、ウィガが「こら」と彼にげんこつを食らわせた。

悪ノリを諫める程度のげんこつだったが、筋骨隆々のウィガが放つその一撃には9999ダメージが乗っている。相手が死天王クラスでなければ即死しかねないツッコミだ。


「マルラちゃんはちゃんと強いわよ。ちょっと体が弱いけれどね」

「こないだウィガ姉が抱き着いただけでマルラさん重症負ってましたよね」

「そ……それはウィガが馬鹿力なのも原因だけどな……」


デュラルの悪態に、ウィガは「誰が馬鹿力よ」とデコピンで返す。デュラルに9999のダメージが入る。

壁に吹き飛ばされたデュラルを心配する様子もなく、コレッタは「で、マルラさんはどうやって"破壊の勇者"を倒したんです?」と尋ねた。


「マルラはな、勝てるまで戦いを挑み続けたんだ」

「勝てるまでに殺されません?」

「殺されてたさ。何百回も、何千回も」

「……あ。つまりマルラさんの能力って"復活"系っすか?」


デュラルは「おおむねそんな感じだ」と肯定した。

マルラと"破壊の勇者"の戦いを知っているウィガは「思い出すだけで寒気がするような能力よ」と苦笑している。


「あの子ね、殺しても殺しても、当たり前みたいに立ち上がるのよ」

「それはたしかに厄介そうっすけど……アンデッド系の魔物としては、そんなに珍しい能力でもないのでは?」


アンデッド系の魔物は「すでに死んでいる」からこそ、彼らに二度目の死を与えることは容易ではない。

ゾンビやワイトなどは体をバラバラにされても平然と復活するし、ゴーストなどは物理攻撃を完全に無効化してしまう。

しかしアンデッドは決して無敵というわけではない。多くのアンデッドは聖属性または炎属性に弱いことや、種類によっては特定の倒し方が確率されているものもある。


「ただの復活能力なら攻略法はいくらでもあるでしょうね。でもマルラちゃんのは復活というか……増殖するのよ」

「増殖?」

「吹き飛ばした肉片が、ぜんぶマルラちゃんの本体として復活するの」

「うげぇ……じゃあマルラさんを倒すには、その場にある細胞をひとつ残らず焼き尽くすとかしなきゃ無理なわけっすか」

「ううん。それでも無理なの」

「え?」


魔物としての種族で言えば、マルラは「インペリアルゾンビ」と呼ばれる種族にあたる。歩く屍の最上級種だ。

その圧倒的な復活能力はインペリアルゾンビに備わった特性に過ぎない。マルラにはもうひとつ、死天王としての特別な能力があった。


「……マルラはな、世界中のすべてのゾンビに"本体"を移し替えることができるんだ」


デュラルがそう説明したとき、コレッタはようやくマルラの恐ろしさを理解した。

目の前のマルラを細胞のひとかけらも残さず焼き尽くしたとしても、別のゾンビが新たなマルラとして再び現れる。

つまり世界中に存在するゾンビの数がそのままマルラの残機であり、マルラそのものなのだ。無数に存在するからこそ、彼女は【"無数"のマルラ】なのである。


"破壊の勇者"は物理攻撃に特化した勇者だった。ゆえにマルラとの相性は最悪だったといえる。

マルラは圧倒的な物量で"破壊の勇者"をすりつぶした。"破壊の勇者"はマルラの猛攻に数週間耐え続けたが、終わらない戦いに精も根も尽き果て、命を落としたのである。


「ちょ、ちょっと待ってください。じゃあマルラさんが勇者に討伐されたって話は……?」

「その場にいたマルラが討伐されただけだろう。実際、人類にとってはマルラ一体を倒せただけで歴史的な偉業だからな」


今代の勇者はたしかにマルラを討伐していた。しかしそれは【"無数"のマルラ】の残機をひとつ減らせただけに過ぎない。

もしも自分が人類の立場だったら、その事実にどれだけ絶望しただろうか……。コレッタはそんなことを想像してつばを飲んだ。


「マルラのことも、勇者のことも、今はまだ気にしなくていいって言った理由がわかったか?」

「……そっすね。デュラルさんの温泉旅行の土産話でも聞いてたほうが建設的かも」

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