会議は踊る、今日も進まず
――魔王軍死天王<してんのう>
それは魔王軍の最高幹部に与えられる称号。
千年もの永きにわたって人類を脅かし続ける魔王軍の中でも、突出した力をもつ四体の魔物を指す。
無秩序な魔物の群れを軍という形にまとめあげたエルダーリッチ【"原初"のデュラル】
人類圏最強の大国を一夜にして魔物の巣に変えたヴァンパイアキング【"陶酔"のコレッタ】
死霊の軍勢を率いて新たな死霊を生み出し続けるグリムリーパー【"収穫祭"のウィガ】
尽きない命で永遠に戦い続けることのできるインペリアルゾンビ【"無数"のマルラ】
魔王を討伐するという人類の悲願は、この四体の魔物によって幾度となく阻まれてきた。
彼らがその気になれば人類など一年ともたずに滅ぼされるだろう。今も人類が存在し続けていられるのは死天王の「気まぐれ」にすぎない……という説を信じる人も少なくない。
魔王軍死天王は人類の脅威そのものであり、誰もがその名を聞くだけで震え上がる恐怖の象徴として君臨し続けてきたのだ。
しかし人類にも希望はあった。
数百年に一度だけ現れる伝説の存在……魔王に匹敵する力をもつという"勇者"の存在である。
その日、死天王の一角【"無数"のマルラ】が討ち取られたとの一報が世界中を駆け巡った。それは紛れもなく"勇者"の出現を示す事件だった。
人類はその一報に歓喜し、狂乱し、呼応するかのように次々と剣をとった。今代の選ばれし勇者を先頭にして、人類は世界各地で反撃の狼煙を上げる。
一方その頃、魔王軍の総本山たる"魔王城"。
魔王城の最上階に位置する"漆黒の間"には、マルラを除く死天王が勢ぞろいしていた。
死天王筆頭【"原初"のデュラル】の名において緊急招集がなされたためだ。
これから行われるのは、魔王軍の最高幹部のみが参加を許された極秘の会議。
そこで話される内容は口外厳禁。人類はおろか、魔物たちでさえ知りえない魔王軍のトップシークレットなのである。
「――マルラが討伐されたらしいな。やはりヤツは我々の中で最弱……死天王の面汚しよ……」
そう切り出したのは死天王筆頭【"原初"のデュラル】だった。
部屋に重苦しい空気が流れる。残る死天王【"陶酔"のコレッタ】と【"収穫祭"のウィガ】は互いに目を合わせ、デュラルに対して声を上げた。
「いや……デュラルさん、それはないっすわ」
「そうねぇ……今のはちょっと最低だわぁ……」
敗北した仲間に「最弱」だの「面汚し」だのと吐き捨てたデュラルに、残りの二人は完全に引いていた。
「あ、違う違うゴメン。こういうの言ってみたかっただけだから」
デュラルが慌てて言い訳をする。思っていたよりも二人の反応が冷たくて焦ったらしい。
しかしコレッタとウィガは、ゴミを見る目でデュラルを見ている。
「えぇ……? デュラルさんって仲間のことを『最弱』とか『面汚し』とか言ってみたかったんすか……?」
「そうだけどそうじゃなくて。遊びみたいなものだから。一生に一度は言ってみたいセリフってあるじゃん」
「あのねデュラルちゃん……アナタにとっては一生に一度の遊びのつもりでも、言われた側の心には一生キズが残ることだってあるのよ……?」
「そう言われると俺が完全にヤバい奴だけど! 違くて!! そういうつもりじゃなくてぇ!!!」
懸命な自己擁護も空しく、デュラルの意図は二人にまったく通じなかった。
五分後。デュラルは地べたに這いつくばり、異世界はジャパニーズスタイルの謝罪ポーズ「DOGEZA」をさせられたのだった。
「――マルラが討伐されたらしいな。ヤツは我々の中でもがんばりやさん……死天王にいなくてはならないムードメーカーだというのに……」
DOGEZAの姿勢のまま、デュラルは最初のセリフを言いなおす。
コレッタとウィガは椅子に座ったまま「うんうん」とうなずき、ようやくデュラルのセリフにOKの判定を下した。
デュラルが「あの……椅子に座っても?」と尋ねると、コレッタが「まぁいいでしょう」と許しを出した。
開幕から思わぬ方向に話が飛んでしまった本日の魔王軍会議。
デュラルは椅子に座り直し、コホンと咳払いをして、何事もなかったかのように会議を再開した。
「……えー、それで、本日みなに集まってもらったのはだな……」
「"勇者"が出現した件、っすよね?」
勇者の出現は魔王軍の今後を左右しかねない一大事である。
死天王の一角であるマルラが敗北している時点で、その勇者が本物であることは疑いようもない。
これから魔王軍は勇者に対してどのような対策をとるのか――当然それが緊急会議の議題だろうとコレッタは予想していた。
ところがデュラルは「ふ……」と意味深に笑い、続けて「少し違うな」と言った。
「少し……違う……?」
「ああ。今はまだ勇者のことなど捨て置いてよい」
「じゃあ一体なにを話し合うために緊急招集をかけたんすか?」
デュラルは机の下をがさごそと漁り、大きめの紙袋から何かの箱を取り出した。
箱には筆文字風のフォントで「温泉まんじゅう」と印刷されている。
「……え? なんすかそれ」
「温泉まんじゅうだ」
「いや、それは見ればわかるんすけど。温泉まんじゅうがどうしたんすか」
「配ろうと思って」
「え?」
「いやだから、温泉旅行に行ってきたからみんなにお土産を配ろうと思って」
「……まさか今日の緊急招集って……」
「うん。お土産くばるための」
「……」
「……」
「……えっと、あの、ほら、温泉まんじゅうって、賞味期限短いから……」
五分後。デュラルは再び地べたに這いつくばっていた。DOGEZAである。
DOGEZAする彼の頭部を、コレッタがぐりぐりと足で踏みつけている。
「デュラルさんさぁ……さっきなんて言ってましたっけ?」
「温泉まんじゅうって賞味期限短いから」
「それじゃなくて。さっき私が勇者が出現した件について話すのか聞いたら『少し違うな』って言ってたっすよね?」
「うん……」
「少し? 違う?」
「……広い宇宙から見れば、勇者も温泉まんじゅうも同じようなもので」
「あ゛?」
「すいませんコレッタさん、けっこう違う話だったかもしれないです」
死天王筆頭【"原初"のデュラル】。魔王軍の創設に関わった偉大な魔物であり、人類が最も恐れる脅威のひとつ。
そんな彼が床に額をこすりつけ、半泣きで同僚に許しを請う。【"陶酔"のコレッタ】は彼をガミガミと叱り、【"収穫祭"のウィガ】はそんな二人の姿を見て無責任に笑っている。
それは一般にイメージされている死天王の姿とはかけ離れたものだった。
彼らの正体を人類に知られてはならない。というか、他の魔物にも知られてはならない。たぶん、いやきっと幻滅されるから。
死天王の会議が「口外厳禁」「部外者立ち入り禁止」で行われる最大の原因がコレである。死天王の"素"の姿。それこそが魔王軍のトップシークレットなのだ。