他愛のない日常譚α君という本は、閉じられない。篇
パートスリー
昇降口のガラス扉の向こうに、夏の陽射しが揺れていた。
僕は片方の肩に鞄をひっかけたまま、昇降口の脇の柱にもたれかかって立っていた。
誰かを待ってるってのは、ちょっとした緊張感を生む。
待ち合わせって、こんなに周りの視線が気になるものだったっけ。
ポケットからスマホを取り出して、さっき届いたばかりのメッセージを開く。
澪
ごめん!ホームルームちょい長引きそう泣
ちょっと遅れまーす!まってて!
メッセージ越しでも、彼女が未だに明るくて元気だとわかってしまう。
でも、彼女らしいと思って、つい小さく笑ってしまう。
僕はすぐに返していた。
悠馬
わかった。昇降口のところで待ってる
メッセージは未読のまま。
たぶんまだ担任の話が続いてるんだろう。
あるいはスマホをカバンに入れたままか。
気づけば、メッセージを送ってから五分以上が経っていた。
スマホを手の中でひっくり返しながら、校舎のほうに視線を戻す。
──そのときだった。
「わっ!」
大きな声と同時に、背後から肩を叩かれる。
「……」
僕はそのまま無反応で振り返った。
「え、ちょっと! なんで無反応? せっかく完璧なタイミングだったのに!」
すねたような声が耳に入る。
「実は僕、エスパーだったんだ。君のうるさい足音が近づいてくるのが聞こえてね」
嘘でも励ますつもりだったけど、なぜか変な方向へ転がってしまった。
「えっ、すごい! だったらそのまま私の気持ちを汲んで驚いてくれたらよかったのに」
やっぱりやめておけばよかった。
元気すぎる相手に変な優しさは通用しない。
「ごめん、冗談。ほんとは、驚きすぎて声が出なかったんだよ」
「そっかー。……エスパーじゃないのかー」
なぜかそこにがっかりされる。なんなんだ、いったい。
そのとき、すぐ近くから声がかかった。
「澪、なにしてるの? 隣の人だれ? もしかして、彼氏?」
見知らぬ女の子が、ちょっと探るような目を僕に向けてくる。
まあ、僕だけが知らないだけで、彼女の友達なんだろう。
澪は「うーん」と困ったように首をひねる。
「私たちってどういう関係? いっそ、夫婦とか言っとく?」
顔を近づけて、からかうような目で小声を投げてくる。
「趣味仲間とか、友達でいいんじゃないかな」
あらためて聞かれると、僕にもわからない。
図書室で声をかけられ、翌日に本屋に行く関係。
そこに正確な呼び名があるのかどうか。
だから、とりあえず二つ提案してみた。
「まったくもー、真面目だなー綾瀬くんは」
そう言って澪は笑い、友人の方へ向き直った。
「友達だよー。隣のクラスの綾瀬くん。それと、親友の氷川瑠璃だよ」
「あ、どうも。綾瀬です」
綾瀬くん、堅いなーとか言って後ろで笑っている人は無視した
僕が軽く会釈すると、瑠李と名乗った女の子も、にこっと微笑み返してきた。
「へえ、よろしくね綾瀬くん。澪が男子と連れって感じで一緒なのなんか新鮮……ま、楽しんでおいで」
「じゃね、またあした!」
彼女は大きな声で別れを告げる。
僕もつられて会釈をした。
僕たちは、本屋へと向かった。
駅を出て、アーケードの商店街を抜けると、角に大きな本屋が見えてきた。
三階建てで、1階が雑誌と新刊文庫、2階が専門書と画集、3階が古本とカフェスペースらしい。
「おっきいね、ここ。ちょっとテンション上がる」
隣で澪が嬉しそうに言って、ガラス扉の前でぴょんと軽く跳ねた。
中に入ると、冷房の効いた空気と、紙とインクの匂いがふわっと迎えてくれる。
僕は入り口近くのフロア案内をちらりと見て、澪に聞く。
「……どこ見に行く?」
「うーん、私は1階かな。文庫とかチェックしたいし」
「じゃあ、僕は古本の3階に行くから、あとでエスカレーター前に集合で」
そう言って踵を返しかけたとき、後ろから軽く袖を引っ張られた。
「は?」
澪が、少し呆れたような目でこっちを見ていた。
「え、なにその“じゃあ”って。なんで一緒に来たのに、初手で別行動しようとしてるの?」
「いや……なんとなく、効率がいいかなと思って」
「効率? それ、図書館で一人のときの発想じゃん。せっかくの二人なんだから、ちょっとくらい絡みなよ」
苦笑しながら、僕は少しだけ肩をすくめた。
「君って、わりと人との距離感とか、曖昧だよね」
「そう? でもさ、綾瀬くんってさ、もうちょっと人と関わるべきだと思うんだよね。せめて、“私”という人間の取扱説明書くらい読もうよ」
「取り扱い説明書って……分厚そうだな」
しかも、注意書きが一番多そう。あえて言わなかった。
「そうでもないよ? マンガのあとがきくらいにはまとまってる。あと、すぐ増刷されるけど」
やれやれ、と言いたげにため息をつきかけたけど、その前に彼女が指を立てて言った。
「じゃあさ、お互いに本を選び合わない?」
「……選び合う?」
「うん。私は綾瀬くんに似合いそうな一冊を探すし、綾瀬くんは私に合いそうな本を選ぶの。プレゼントじゃなくて、ただの“提案”。どう?」
「君に合う本って……見当つかないけど」
「だから面白いんじゃん。どれだけお互いのこと知ってるか、ちょっとしたクイズだと思って」
「クイズにしては難易度が高すぎる……」
でも、ちょっとだけ気になっていた。
彼女が僕にどんな本を選ぶのか。
そして、僕が彼女に何を手に取ってしまうのか。
「……わかった。一冊だけ」
「やった!」
ぱっと笑って、彼女は指を立てた。
「じゃ、集合は三十分後ね。どのフロアでもいいから、レジ前のベンチ集合!」
そう言って、澪はスタスタと新刊文庫の棚の方へ向かっていった。
※ここからは好きに書きます。
どんな本選ぶんだろうね!
うおー。つかれた。ねむい。
学園×異世界×ラブコメ×魔法やりたすぎる