第9話:ひとつの答え
(あの人に、伝えたい──)
その想いだけが、足を王都の東区へと向かわせていた。
名目は調査結果の報告。けれど、本当は──
王都の東区にある"報道官詰所"。
王命や記録の"伝達係"である報道官たちが出入りする場所となっている。
(……何かが動き出した人の顔)
さっきの彼女の言葉が、胸の奥で静かに響いていた。
どこかくすぐったいような、でも否定しきれない違和感が残っている。
(……そんな顔、してたのかな)
(自分でも気づかないうちに、何かを、求めていた?)
怖かった。記されることも、誰かに見られることも。けれど、それでも──知りたいと思ってしまう。
(処刑された男のことが知りたい。そして、わたし自身のことも)
(あの人が、私の中の”何”を見てるのか。……それも)
言葉にならない思考の余韻を抱いたまま、足は自然と詰所の前に立っていた。扉の前で、深くひとつ息を吸い込む。胸の奥に、小さな緊張が残っている。
ノックをすると、中からすぐに返事があった。
【リュシアン】
「どうぞ」
中に入ると、彼は資料を机に広げていた。見慣れない地図と、数枚の記録が置かれている。その表情は集中していて、いつもの軽やかさとは少し違った真剣味があった。
【アメリア】
「……少し、お時間いただけますか。伝えたいことがあって」
【リュシアン】
「もちろん」
彼は椅子を引き、私の方を促す。その仕草はいつになく静かで、どこか、“話を聞く準備”が整っているように見えた。まるで、私が何を報告するか、ある程度予想しているかのように。
【アメリア】
「修道院の記録に、あの場所らしき記述が残っていました」
「名前はなかったけれど、“癒しの祈り”や”記されない想い”に関わる場……」
「彼が最後に通っていた場所、きっとそこです」
彼は静かに頷いた。その表情には、驚きではなく、むしろ「やはり」という確信めいたものが浮かんでいた。
【リュシアン】
「……やっぱり。僕も、ちょうど報告しようとしていたところでした」
手元の地図を軽く叩く。
【リュシアン】
「“あの修道院跡”、実在するようです。記録にはありませんが、証言がいくつか重なっていました」
「例の村の東、数十キロほどの山間部。旅の巡礼者たちの書き残した”言葉のかけら”が点在していて」
彼の目が、一瞬こちらをとらえる。その視線には、何かを確認するような色があった。
【リュシアン】
「君も、同じ場所に辿り着いていたんですね」
その言葉の奥に、単なる感心以上のものがあった。まるで、期待していた答えを得たかのような満足感。
【アメリア】
「はい。記録は、もうほとんど残っていませんでしたけど」
【リュシアン】
「そうでしょうね。でも、君なら見つけられると思っていました」
(思っていた?)
その言葉に、微かな違和感を覚える。なぜ彼は、私が見つけられると確信していたのだろう。
【リュシアン】
「おそらく、処分の直前。彼はその場所に通っていた」
「“癒しの祈り”や、“記されない想い”にまつわる修道の場だったそうです」
(……記されない想い)
【アメリア】
「そこに、何かが残っている……そう思います」
自分の声が、ほんのわずかに震えていたことに気づく。次の瞬間、彼の指先が、そっとテーブルの端にあった陶器のカップを私の方へ滑らせた。
【リュシアン】
「冷めてますけど……こういう温度のほうが、落ち着くときもあります」
(……今の震えに、気づいた?)
目は合わなかった。けれどその仕草は、まるでこちらの”揺れ”をそっと見つめてくれているようだった。踏み込まず、ただ、必要なものだけをそばに置いていく。
(それが、怖くないと感じたのは──たぶん、初めてだった)
そして同時に、彼が私のことを深く理解しているような気もした。まるで、私の反応を予測していたかのように。
声にならなかった言葉が、そのぬるいお茶に、そっと沈んでいった。
(この人のことを、わたしも……もっと、見ていたい)