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第7話:空白の可能性

村から離れた宿の窓から、誰もいない夜の森が見えた。 月明かりに照らされた枝葉が、まるで何かを隠すように風に揺れている。


私たちは、存在しないはずの修道院跡を見つけてしまった。 そして今、その"記録されていない場所"について話し合おうとしていた。


【リュシアン】

「……で、あの”修道院跡”ですが」

「やっぱり記録には存在しませんでした。地図にも──正式な記録帳にも」


彼は椅子にもたれながら、手元の記録帳をぱらぱらとめくっている。けれど、何も書き加えようとはしていなかった。ペンを手に取ることもなく、ただ頁を眺めているだけ。


【アメリア】

「……なら、私たちの報告は……」


【リュシアン】

「……記しません。“今は”」

「記す価値があるかどうか、その判断にはまだ、少しだけ迷いがあります」

「空白もまた、記録の一種ですから」


少しの沈黙。私はその言葉の意味を考える。


(記録しない。つまり、“存在しないこと”になる)


この国では、記録されなかった出来事は、最初からなかったとされる。けれど──


(それでも──)


老婆の声が蘇る。記録にない言葉。でも、確かに聞こえた声。


【アメリア】

「……記録に従うだけでは、たどり着けないこともあるかもしれません」


そう口にした瞬間、自分でも驚いた。いつの間にか、そんなことを考えていたのだろうか。記録官見習いの私が、記録の不完全さを疑うなんて。


【リュシアン】

「──へぇ」

「それを君が言うなんて、ちょっと意外でした」


冗談めかして笑う彼。けれどその目には、いつもの”観察”の色はなかった。代わりに、何か温かいものが宿っている。


【リュシアン】

「じゃあ、続けましょう。……非公式に、記録外で」

「“記すかどうか”より、まず”見る”ことが先です」


白紙のページが、目の前に差し出される。そこには何も書かれていない。けれど、その空白は可能性に満ちていた。


(……怖い)


それでも──この空白は、いま、私の手の中にある。


(これは、“在る”と認めることの重さだ)

(でも、もう逃げないって──決めた)


記録されないもの。語られない声。存在しないとされた場所。

それらすべてと、私は共に歩もうとしている。


(これは、まだ記されていない事実。けれど、私は……その真実を受け止める)


リュシアンの視線が、優しく私を見つめていた。

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