第40話:問いの果てに残る声
儀式は、終わった。
「記録照合の儀」は静かに閉じられ、副記録帳に記された”ヴァルトの存在”は、再審議の対象として、正式に受理された。
神殿は明言を避けたけれど、その場にいた誰もが、──これはただの”訂正”じゃないと、感じていた。
群衆は、静かに立ち去っていく。
けれどその背中には、確かなざわめきが残っていた。
(……何かが、変わった)
──その夜。
町の片隅、風の静かな通りに、ふたり並んで立っていた。
【アメリア】
「……これで、終わり、じゃないんですね」
【リュシアン】
「はい。……ここからが、本当の始まりです」
「君の名前のことも、これから──」
ふと、彼の声が少しだけ低くなる。
【リュシアン】
「……もし、声が届かなかった時のために。報道草稿を、用意していたんです」
「でも──使わずに済みました」
「君の声が、届いたから」
私は、小さくうなずいた。
(……届いた)
(その事実が、まだ少し怖くて。でも──誇らしかった)
【リュシアン】
「リア。一緒に、行ってくれませんか?」
「……父に、会いに」
「僕一人では、向き合えなかったと思うから」
◇
──数日後。
神殿の監視下に置かれた隔離施設。その一室で、ユリウスは静かに私たちを迎えた。
重い扉が音を立てて開き、リュシアンと私は、ゆっくりと中へ足を踏み入れる。
そこにいたのは──かつて王政の報道官として、鋭い言葉で人々を動かしていたはずの男だった。
痩せてはいたが、背筋は不思議と伸びていた。頬はこけ、白髪の混じる髪も粗く結われている。けれど、瞳の奥に宿る光だけは、どこか消え残っていた。
リュシアンの足が、ふと止まる。
ほんのわずか、彼の肩が揺れたのを、私は見逃さなかった。
【ユリウス】「君が……リュシアンを、支えてくれたのか」
声はかすれていたが、はっきりと届く強さがあった。
私は少しだけ目を伏せて──それから、しっかりと頷いた。
【ユリウス】「……ありがとう。あの子は、きっと……ずっと、何かを背負っていたのだろう」
リュシアンの視線が動いた。けれど、すぐに逸らされる。
【ユリウス】「私には……もう、あの子に何かを言える資格はない。 でも、それでも……君たちが来てくれたことに、救われる気がする」
──言葉は交わせなかったけれど。その沈黙には、確かな温度があった。
◇
施設を出て、坂道をゆっくりと並んで歩く。
その途中で、ふとリュシアンがつぶやいた。
【リュシアン】
「……君の声は、僕のためじゃなく、君自身のものだった」
「でも──あのとき、君が”記してくれた”ことで、僕もようやく……向き合えたんです」
「だからこれは……僕自身の声でもありました」
彼は少し照れたように笑って、そのまま、やさしく言った。
【リュシアン】
「……リア。ありがとう」
「……そして、願わくば。これからも君の声が、僕の隣にありますように」
私は、言葉の代わりに、そっと彼の袖をつまんだ。
その手がほどかれる前に──
彼の手が、静かに私の指を包む。
やわらかくて、あたたかな温度だった。
今度は、私のほうから、その指を、少しだけ握り返す。
まるで、何かを約束するように。
(……この手を、離したくないと思った)
(もっと触れていたい。もっと、この温度を知りたい)
(あのとき、あの人が言っていた”咲き始めた花”──)
(今なら、わかる気がする。たしかに、もう香っていた)
風が、ふわりと通り抜けた。その風にのって、甘くてやさしい、花の香りがした。
(──これはまだ、すべての始まり)
(でも、“記されなかった存在”が、“記す者”として。
ひとりきりではなく──誰かと、手を取って歩き出す)
報道官リュシアン編、残すは後日談となります…!
後日談は9月22日(月)7時公開予定です。




