第4話:声のない村・前編
何かが、おかしい。
馬車に揺られながら、私たちは調査対象とされた男がかつて暮らしていたという村に到着した。 その空気に触れた瞬間、思わず息をのむ。 音が、ない。
鳥の声も、木々のざわめきも──どこか遠くで止まっている。静けさだけが、村の中に沈んでいた。かすかに煙の匂いがして、どこかの家で火が焚かれている気配はある。鍋のふたが揺れる音も、微かに聞こえた。
それなのに、誰の姿も見えない。
【リュシアン】
「……見事に、誰もいませんね」
【アメリア】
「でも、家の中には……人の気配はあります」
戸を叩いて回ると、ようやく一人の女性が顔を出した。私たちが事情を説明すると、彼女は間を置かずに答えた。
【村人1(女性)】
「……処刑されましたよ。ええ、間違いなく」
「この目で見ましたから」
次に訪ねた青年も、同じように言った。
【村人2(青年)】
「……処刑されましたよ。ええ、間違いなく」
「この目で見ましたから」
さらに別の家でも──
【村人3(老人)】
「……処刑されましたよ。ええ、間違いなく」
「この目で見ましたから」
(……言い回しまで、まったく同じ)
不気味な既視感に包まれながら、私は続けて尋ねた。
【アメリア】
「失礼ですが……そのこと、どなたから?」
【村人3】
「神殿の……記録に、そうありましたので」
その場を離れると、リュシアンが記録帳を開き、ペンを走らせた。その手の動きは正確で、まるで機械のように淡々としている。
【リュシアン】
「……今の三人、語尾まで完全一致です」
「“処刑されました”“目で見ました”“記録にそうありました”」
「……言うなれば、“台詞のコピペ”ですね」
(……コピペ? 聞いたこともない言葉)
(でも……たしかに、台詞のようだった。だけど”演技”とも違う。ただ、正しいことを”繰り返している”だけ──)
【アメリア】
「……誰の声にも、聞こえませんでした」
【リュシアン】
「正解。たぶん、あの人たちは”記録された通りに話してる”だけです」
「“自分の記憶”じゃなく、“正しい答え”としてね」
淡々と筆を進めるリュシアンの横顔。話しているときとは違う、冷静で鋭い眼差しがそこにあった。
(……この人、本当に”声”を聞いてる)
言葉の奥。記録の隙間。その”揺らぎ”を拾おうとしているように見えた。ふと、その視線がこちらを向く。
(また……見られてる?)
そう思おうとしたのに、なぜか息が浅くなる。少しの沈黙ののち、リュシアンがぽつりと呟いた。
【リュシアン】
「……感情のない声って、逆に怖いですよね」
「正しい言葉を話してるのに、誰の顔も思い浮かばない」
(……私も、そう聞こえていた)
“確かに処刑された”──皆が同じように繰り返すその言葉に、“誰かの声”はなかった。台詞だけが宙を舞って、記録だけが、無感情に”正しさ”を繰り返していた。
(私も、ずっと……そうだったのかな)
(“記されなかった存在”は、本当にいなかったの?)
誰かの名前のない輪郭が、心の底にじわりと浮かび上がる。
(……それでも、“誰かの声”を、聞きたかった)
風が吹いて、村の向こうから夕陽の光が差し込んだ。もう一軒、訪ねてみよう。
そう決めたとき、村の外れに小さな煙が上がっているのが見えた。
──その煙の向こうに、ようやく"誰かの声"があるのだろうか。