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第35話:記すという選択

全ての欠片が揃ったとき、私たちは新しい記録へと歩み出す。

書斎の机に、文書が整然と並んでいた。リュシアンが、そのひとつに指を添えた。


【リュシアン】

「……このヴァルトの処分記録。神殿の上層部でしか閲覧できないはずのものです」

「信頼できる”つて”を通じて、なんとか入手しました」

「正規の手順ではありませんが──中身は、確かです」


私は息を呑んだ。


(そんな記録まで、手に入れていたなんて)


彼はもう一枚の封筒を指先に挟み、視線をこちらに戻す。


【リュシアン】

「“ヴァルトが逃された夜”の記録──その逃亡経路と証言。これが決め手になるかもしれません」

「そして──これは、僕たちふたりで見つけた草稿」

「密約の詳細こそ不明でも、父が何を伝えようとしていたのか。今なら、読み取れる」


草稿、処分記録、逃亡記録──これまでに積み重ねてきた証が、一列に揃っていた。


【アメリア】

「これで、ヴァルトさんの存在を示せるでしょうか」


彼は、まっすぐに頷いた。


【リュシアン】

「示せます。そして──君がそれを”記したい”と願ったなら、僕はその思いを、全力で支えたい」


その声が、ふっとやわらかくなる。


【リュシアン】

「君の声を、僕が記したい」

「……リア。君の名前を、世界に残したいんです」


その名を、彼が呼んだ。


(いま、この人の声で、名前を呼ばれた)

(初めてなのに、不思議と……痛くない)


私は、小さく目を伏せて、震える声で──けれど、はっきりと名乗った。


【アメリア】

「……リア・ジェンシア、です」


彼のまなざしが、どこまでも静かに、私を見つめていた。


【リュシアン】

「ええ、リア」

「大丈夫。戦略は、もう考えてあります」


(“リア・ジェンシア”という名は、記録には残せない)

(でも、それでも……)


【アメリア】

「ありがとう。あなたの声で呼ばれただけで、もう……胸がいっぱいで」


彼はふっと笑って、机の引き出しにそっと手を伸ばす。 指先が触れたのは──あの赤い封筒。


彼は何も言わなかった。ただ、その微かな沈黙が、どこか遠くを見つめるような目が、それがどれほど重たいものなのかを、否応なく伝えてくる。


(中身は知らない。でも……)

(あの封筒だけは、誰の目にも触れてはいけない気がする)


【リュシアン】

「君の声は、必ずこの世界に残る」

「どんな形でも。たとえ”名前”が記されなくても」

「僕が、そのすべてを記します」


その言葉が、記録よりも強く、胸の奥に、深く、焼きついた。

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