第34話:距離と記録とすこしの皮肉
【リュシアン】
「……すみません、少し……寝てました」
【アメリア】
「い、いえ……お邪魔してすみません。鍵、開いていたので」
少し起き上がって、彼は軽く伸びをした。その視線が、ふと私の手元をとらえる。
【リュシアン】
「……それは?」
視線の先には、まだポケットに仕舞えていなかった、異国風の男性からもらった紙片。
【アメリア】
「あ……さっき、街でちょっと変わった男性に会って──」
「香りがどうとか、“咲く前の花”だとか……不思議なことを言ってました」
【リュシアン】
「……旅の方、でしょうか」
その声は、いつものように穏やかだった。
けれど、何かを分析するような、報道官らしい客観性が混じっている。
【リュシアン】
「“咲く前の花”……詩的な表現ですね。そういう言葉を使う人は、だいたい決まってますから」
【アメリア】
「決まってる、というと?」
【リュシアン】
「詩人か、旅芸人か……もしくは、人の心を読むのが上手い商人か」
少し間を置いて、彼は続けた。
【リュシアン】
「そういう職業の人たちは、女性に印象を残すのが得意なんです。職業病、といってもいいかもしれません」
(……職業病?)
その言葉には、個人的な感情よりも、むしろ分析的な冷静さがあった。
だけど、どこか不愉快そうな響きが言葉の端々に滲んでいる。
【リュシアン】
「……すみません。報道官の癖で、つい人を”分類”してしまう」
「君がどう感じたかのほうが、もちろん大事です」
彼は一瞬だけ黙り、静かにほほえんだ。けれどその笑みは、片側の口元だけがかすかにゆがんでいた。
──ひびの入った半面の仮面が、まだそこに残っているかのように。
(この人は、感情を理性で抑えようとしてる)
(でも、それでも何かが漏れ出してるような――)
(……それは、誰に向けた感情なんだろう)
【アメリア】
「あの、それより。見つけたんです」
「修道院で――ヴァルトさんの”処分が実行されなかった”証拠になりそうな記録を」
【リュシアン】
「……それは」
彼のまなざしが一気に変わる。瞳の奥に、緊張と……期待のようなものが走った。先ほどまでの複雑な感情が、一瞬で職業的な集中に切り替わる。
【アメリア】
「読んでいただきたいんです。できれば、あなたに」
彼はうなずいた。そして、どこかふっと熱を押し隠すように、微笑を浮かべた。
【リュシアン】
「もちろん。記録として、受け取ります」




