第31話:書庫に眠る祈り
ふたりの夜の決意から数日後。
修道院の書庫に差し込む光は変わらないのに、私の胸の奥だけがざわついていた。
(ヴァルトさんが生きていたという、“消えない”証拠。それを見つけなきゃいけないのに……)
探しても探しても、それらしい記録は見つからなかった。“逃がされた”という証言はある。でも、それを裏づけるものが、どこにもない。
(でも、待って)
ふと、村の老婆の言葉を思い出した。ヴァルトが修道院跡に通っていたという話。
(あの人が修道院跡に通っていたのなら。修道院には、記録に残らない想いや祈りが集まりやすい場所だから)
(もしかすると、この修道院にも……似たような記録が残っているかもしれない)
そう思いながら、今まで見落としていた書棚の奥を探し始めた。手に取った一冊の古い綴じ帳。背表紙は色あせていて、署名も管理記録も見当たらなかった。
けれど、なぜか……手が止まった。
ページを開いた瞬間、インクのにじみと震える筆跡が目に入る。そして、そこに綴られていたのは──
《1270年 年末 ある夜の記》
北門が開いた。
咎人の護送車の音は、誰にも聞かれなかった。
開いた封印。
けれど戻った車には、誰も乗っていなかった。
誰も問いはしなかった。
神の御名を唱えるだけで、すべてが祈りとして流された。
けれど、私は忘れたくなかった。
それが誰の意志だったかも。
その手が、どれだけ震えていたかも──
だから、これを残す。
誰かが読むとは思わない。
でも、祈るように記したくなった。
あの夜、確かに”選ばれなかった命”が、
まだここに、咲こうとしていたことを。
──神殿の記録官だった男。
名は記録から消された。
だが、あの夜の選択は、確かに存在していた。
(……これは)
私は息を呑んだ。内容も、表現も、あまりに私的で、告発とは程遠い。けれど、それは確かに”逃がした者”の記録だった。
後ろで、小さな足音が止まった。振り返ると、そこにいたのはエルノアだった。
【エルノア】
「……見つけたか」
「ずいぶん奥にあったはずだが。……よく、たどり着いたな」
彼は私の手元の綴じ帳を一瞥し、目を伏せる。
【エルノア】
「誰が、どうして記したかなんて、今さら問うても仕方ない」
「ただ……そういう夜が、確かにあった。それだけのことだ」
少しだけ目を細めて、ぼそりと呟く。
【エルノア】
「どう使うかは、君が決めろ」
「“見つけられた祈り”とは、そういうものだ」
言い終えると、彼は背を向けて、静かに歩き出した。
【エルノア】
「記録には残らなくても、意味が残ることだってある。たまにはな」
足音が遠ざかっていく。わたしは、綴じ帳をそっと閉じて、胸元に抱えた。
(この記録、きっと、ヴァルトさんのことだ)
(記されなかった命が、確かにここにあった……)




