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第29話:誰の記録か

(まだ、あたたかい……)


彼に渡された焼き菓子は、小さな三日月のかたちをしていた。ほんのりと湯気が立ちのぼり、粉糖の甘い香りがふわりと鼻先をくすぐる。


【リュシアン】

「名物というのも納得ですね。香りからして、もう……」


【アメリア】

「おいしそうです」


ひとくちかじると、甘くて、やさしい味がした。


【リュシアン】

「……この味、懐かしいんです。父が、よくこれを買ってくれていて」


その声には、かすかに遠い記憶の揺れがあった。


【リュシアン】

「忙しい人でしたけど、これを持って帰ってくるときだけ、僕に時間をくれた気がします」


(お父さまのことを、そうやって話すのは、初めてかもしれない)


私は、手の中の菓子を見つめながら、小さく問いかける。


【アメリア】

「……お父さまとの、最後の記録は?」


リュシアンは、少しだけ視線を落とした。焼き菓子を手に持ったまま、しばらく黙っていた。


【リュシアン】

「……あるとき父が、書庫で何かを隠しているのを見たんです。古い本の間に、そっと紙を挟んで──」


彼の声が、わずかに重くなる。


【リュシアン】

「僕には"隠し事"にしか見えなくて……無邪気に言ったんです。"それって、みんなに伝えなくていいの?"って」


私は、息を呑んだ。彼の声は、どこか痛みに満ちていた。


【リュシアン】

「父は驚いたように僕を見て、でもすぐに笑って言いました。"逃げるな、だな"って」

「それから、急に忙しくなって、家にもあまり帰ってこなくなって……」


声が少しだけ、掠れていた。


【リュシアン】

「最後に会ったとき、“頑張るからな”って、そう言ってくれたのに──」

「僕は、父がどれほど重いものを背負おうとしていたのか、全然わかっていなかった」


【リュシアン】

「気づけば、"思想偏向の疑い"で神殿に拘束されていました」


【アメリア】

「……それが、あなたの咎なんですね」


そう言った自分の声が、かすかに震えていた。それは、彼の過去に触れたためか、自分自身に重ねてしまったためか。


【リュシアン】

「僕の無邪気な一言が、父の背中を押してしまった。もし何も言わなければ……」


その自責の念が、彼の声に深く刻まれていた。


(リュシアンが言葉を曖昧にするのは、きっと“無邪気な言葉”が人を変えてしまうことを、知っているから)

(軽く見えた冗談や皮肉の裏に、ずっと……あのときの痛みを抱えていたんだ)


その時、膝の上の猫がそっと前足で彼の手に触れた。まるで慰めるように。


【リュシアン】

「...…この子まで、心配してくれてるみたいですね」

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