第26話:肖像と記録
【リュシアン】
『……父の書庫に、手がかりがあるかもしれない』
その言葉に導かれ、私は彼の家を初めて訪れていた。
扉を開けた瞬間、微かな埃の匂いと、張りつめたような静けさに包まれる。
(ここが、リュシアンの生家)
住まう人の気配はもう薄れていたのに、どこかで”記録”そのものがこちらを覗き返してくるような──そんな感覚があった。
壁の一角には、枯れた鉢植えと古びた額縁。その中の肖像画に、私は自然と目を奪われた。
──優しい眼差しの女性。
何かを見守るようなそのまなざしに、胸の奥がわずかに温かくなる。
【リュシアン】
「……母です」
彼は静かに、絵の前に立ち止まった。
【リュシアン】
「僕が幼い頃、病気で亡くなって……。この家にいた記憶は、ほとんどありません」
それ以上は語らず、彼は書棚へと視線を移す。
【リュシアン】
「……何も残ってない、と思ってました」
「でも、君がいると、なんだか空気が変わる気がして」
一瞬、彼の視線が私に向けられた。 その目に、言葉にできない何かが宿っているのを感じる。
【リュシアン】
「……不思議です。僕が変わったんでしょうか」
(どう答えればいいのか、わからない)
(でも──もし私の存在が、彼の中で何かを変えられるなら)
(それだけで、うれしい)
視線を向けた高い書棚の上段に、古びた紙束が積まれているのが見えた。軽く背伸びして手を伸ばす。
──バサッ。
不意に崩れた紙束が、床に音を立てて落ちた。
【アメリア】
「あっ、ごめんなさい……!」
【リュシアン】
「……こういうの、書斎あるあるです」
【アメリア】
「……慣れてる人の言い方ですね、それ」
ふたりで拾い集める中、ふと指先がふれた。私の手と、彼の手が重なる。
一瞬、時間が止まったようだった。
(あたたかい)
その瞬間、彼の手の温度が、まるで記憶に刻まれるように鮮明に感じられた。修道院で過ごした長い年月の中で、誰かの手がこんなにも身近に感じられたことはなかった。
(なんで、こんなに……)
胸の奥で、何かが静かに揺れる。それは動揺とも違う、名前のつけられない感情だった。
リュシアンがそっと目を伏せた。
【アメリア】
「……っ」
私は思わず、視線を逸らした。息が少しだけ乱れる。心臓の鼓動が耳に響くほど大きく感じられた。
(……こんなの、たいしたことじゃないのに)
(なのに──なんで、こんなに気になるんだろう)
見つめてはいけないものを見たような気がして、目のやり場を探して、ふと壁に目をやる。
そのとき──
(額縁、傾いてる?)
微かに浮いた木枠。絵の裏に、何かが隠されているような違和感。
【アメリア】
「この額、浮いてるみたいです」
【リュシアン】
「見てみましょう」




