第24話:壊された記録、残された名
神殿の文書課。
石の床が、まるで墓石のように足音を吸い込んでいく。
回廊の空気は重く、吐く息は季節外れなほど白く、冷え切っていた。
一冊の副記録帳を窓口に並んで提出する。
【リュシアン】
「……昨夜の証言をまとめました。参考資料として提出いたします」
【神殿職員】
「確認いたします」
淡々と記録帳をめくっていた手が、あるページで止まった。その目が、わずかに細まる。
【神殿職員】
「……これだけですか?」
【リュシアン】
「はい。“処刑されたはずの男が生きていた”──その確認報告です」
【神殿職員】
「……”そのような"報告は、事前に申請が必要ですが?」
(……なに、それ)
一瞬、言葉の意味がわからなかった。声にならない息が、喉の奥で揺れる。
わずかな沈黙のあと、職員は記録帳をこちらに戻した。開いたページには、何も書かれていなかった。
【アメリア】
「……そんな、こと……」
(たしかに、記したのに。あの人が生きていることを)
(今朝、詰所で、リュシアンと一緒に──)
記録の跡もない。インクのかすれも、斜線も。すべてが、最初から”なかった”みたいに。
まるで、記録そのものが私の手の中で蒸発してしまったかのような、恐ろしい感覚。
【神殿職員】
「記されていないのなら、“なかった”のと同じです」
「“見た”というだけで、記録になるとでも? それが許されるのは、神の声を記す者だけです」
そして、職員の視線がリュシアンに向けられる。
【神殿職員】
「ユリウスのご子息ともあろう方が……この”立場”で、何を記すのか。ご自身でも、よくお考えを」
その時、神殿職員の視線がこちらを捕えた。
【神殿職員】
「“記してはならないもの”というのは──ときに”真実”であり、ときに”名”そのものです」
「……親の咎を、知らずになぞることのないように」
【アメリア】
「……っ」
喉の奥が、きゅうっと縮まった。
(今のは――わたしへの言葉でもあった)
名を呼ばれたわけじゃない。指をさされたわけでもない。でも、“わかってる”目だった。
(見逃されている。でも……いつでも、切り捨てられる)
それが、怖かった。“記されない”というのは、こういうことなのだと。存在が、扱いの一つで決まるような、この無力感。
【神殿職員】
「……まあ、そういうことです。次回以降はお気をつけて」
無表情のまま、窓口の帳簿が音を立てて閉じられる。その音に、心臓が跳ねた。
歩き出したあと、沈黙の廊下に、リュシアンの声がぽつりと落ちた。
【リュシアン】
「……その秩序が続くのなら、いずれ──”記録”が、国を壊す咎になるかもしれません」
彼の声は静かだった。けれどその静けさの奥に、確かな怒りと、未来を見据えるような鋭さがあった。
その言葉は、記録帳にも、誰の耳にも残らなかった。それでも、どこかで確かに”刻まれた”気がした。
──まるで遠い未来に向けて、静かに記された”予言”のように。




