第22話:咎の重なり
秘密は、別の秘密を呼び寄せる。
静まり返った文書室に、わずかな紙の擦れる音が響く。胸のざわめきはまだ収まらなかった。
(……やっぱり、まだこわい)
(でも――わたしは”存在していい”と思えた)
(それに、彼が受け止めてくれたのが、うれしい)
私は、机の上の封筒に視線を落とした。ヴァルトが託してくれた、吸い取り紙。父がかつて手にしていた記録──その痕跡だけが、そこにある。
震える指で開き、にじんだインクに目を凝らす。
(1260年……ファルディン、アルトナリア、そして王命)
流れた文字の奥に、ふと見覚えのある印が浮かぶ。
(……リンドウの印。父の、家門の――)
あの夜、何が”記された”のか。なぜ消されたのか。わからないまま、でも確かにそこにあった記録に──胸の奥が、痛みでぎゅっと締めつけられた。
名前を告げたことで、心の中の扉が開いたのかもしれない。これまで押し込めていた記憶や感情が、一気にあふれ出そうとしていた。
私は、ゆっくりと口を開いた。
【アメリア】
「……わたし、ずっと、わからなかったんです」
「どうしてあの夜、家族が処分されたのか。何の咎があったのか」
「“密約を記した”って……あとからそう言われても、そんなの見たこともなかった」
「内容だって、今もわからない」
声が震える。それでも、言葉を続けた。
【アメリア】
「でも、突然、王宮から騎士たちが来て――家族は殺されて」
「わたしだけが、生き残ったんです」
言葉の端が震えた。机の向こう、リュシアンは何も言わなかった。けれど、その手がごくわずかに動きかけたのを、私は見た。
──手を伸ばそうとして、やめたのかもしれない。でもその指先に宿った迷いが、沈黙よりもやさしくて。
私は、もう一度、吸い取り紙に視線を落とした。
【リュシアン】
「……記されたのは、君の家門だったんですね」
その言葉に、私は顔を上げた。彼の声は静かで、けれど、どこかためらいのようなものを含んでいた。
そして、少し間を置いて、彼は決意したような表情になった。
【リュシアン】
「なら……僕にも、言うべきことがあります」
その声色の変化に、私は息を呑んだ。
【リュシアン】
「君が自分の名前を教えてくれた。なら、僕も隠し続けるわけにはいかない」
彼は一度、深く息を吸った。
【リュシアン】
「“密約を聞いた”とされた報道官は、たぶん……僕の父です」
【アメリア】
「……え?」
【リュシアン】
「十四年前、父──ユリウス・リヒテンタールは報道官でした」
「ジェンシア家が処分された少し後、父もまた幽閉処分された。理由は曖昧なまま」
「父が”聞いた”のか、“知っていた”のか……今もわかりません」
「ただ──父もまた、記録の中で消された」
「……だからきっと、僕も、この記録の中にいる」
彼の目が、ほんのわずかに揺れる。その声に滲んでいたのは、迷いではなく――決意だった。
【リュシアン】
「君がその名前を告げたとき、きっと僕の中でも何かが決まったんです」
「過去を背負ったまま、見ないふりをして記録に向き合うことは、もうできない」
「だから……君と一緒に記していきたい」
言葉が胸に落ちた。
(あなたも……)
(記すことの、重さを知っている人だったんだ)
同じように、記録の中で家族を失った人。
(咎を記した家の娘と──咎に触れたことで父を失った人)
(そんなふたりが、今こうして……)
私は、吸い取り紙をもう一度、見つめた。
(じゃあ、これを──どうする?)
彼は、まだ黙っていた。でもその沈黙は、何かを決意する前の静けさのように感じられた。
(……この記録の中に、自分たちがいるのだとしたら)
(私たちはもう、“関係ない人間”ではいられない)




