第2話:不愉快なバディ・後編
任務の概要を記した文書を手渡され、二人でその場を後にした。廊下を並んで歩く間、会話はなかった。足音だけが石畳に響き、その沈黙がかえって重苦しく感じられる。
【リュシアン】
「……不愉快ですね」
突然の言葉に、思わず振り返る。
【アメリア】
「……え?」
【リュシアン】
「報道官と記録官がバディ。洒落てますね」
「でも、前例がない。だから――鼻につく」
「“上の人間の趣味”ってやつです。見えない演出家がいるとしたら、ちょっと悪趣味だ」
口元に笑みを浮かべたまま、声の奥に棘が混ざる。
【リュシアン】
「……まあ、よろしくお願いします、“記録官見習い”さん」
軽く笑った彼の表情は整っていたが、その笑みはどこか”仮面”のように感じられた。目だけが笑っていない。なのに、その視線は妙にこちらの内側を覗くようで――
【アメリア】
「……あの、報道官というのは、記録官とは別の立場なんですか?」
【リュシアン】
「不愉快な職業ですよ。僕のは」
「君が命がけで拾った真実を、僕が"都合よく編集"してしまう」
言葉を区切り、どこか自嘲的に、彼は続ける。
【リュシアン】
「記録官と報道官。......まあ、そういう関係です」
(記されなかった出来事。伝えられなかった記録。それは、存在しなかったのと同じになる――この国では)
胸の奥がざわめいた。彼の言葉には、何か含みがあるように聞こえる。
【リュシアン】
「……口が悪いと言われる職業ですが、表向きは意外と慎重なんですよ」
そして、ふと歩みを緩めて、
【リュシアン】
「そういえば、“アメリア”さんって、前にもどこかで……」
「仮面舞踏会の夜、見かけたような気がして。あの騎士に止められていた方……じゃなかったかな」
(……やっぱり、気づいてる)
【アメリア】
「……助かりました」
【リュシアン】
「助けたつもりは、なかったんですけどね」
「でも、あの場で止めに入ったのは……まあ、職業病というか」
口元だけで笑いながら、言葉の端を濁す。曖昧で、正体の読めない態度。でも、その目だけが、変わらず静かにこちらを見ていた。
【リュシアン】
「……“アメリア”って、あまり見ない名前ですね」
「修道院育ちの方だと、もっと素朴な名を選ばれる印象があったので」
(……その言い方)
一瞬、胸が跳ねた。けれど、その動揺はもう顔に出さない。
【アメリア】
「……洗礼名は、院長の判断ですから」
【リュシアン】
「なるほど。見る目がある方なんですね」
(探られてる? それとも、ただの言葉の綾?)
わからない。わからないのに、呼吸だけが少しだけ浅くなる。彼の言葉の一つひとつが、何かを確かめるためのもののように響く。
再び、沈黙が戻った。けれど、その静けさには――さっきまでとは、少し違う気配があった。視線を向けられていないはずなのに、胸の奥がわずかにざわめいている。
(……見られてる、そんな気がする)
(だけど──それを気にしている自分が、もっと怖い)