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第19話:揺れる記録

真実は、いつも地面に埋まっている。

そして、それを掘り起こす者は必ず血を見ることになる。


【ヴァルト】

「密約の原文は、おそらく王宮か神殿に保管されている。だが、写しがもう一つあるはずだ」

「……向こうの国にも。交渉相手に渡された”双子の文書”だ」

「もし残ってれば、お前らの記録も、嘘だったと証明される」


その言葉を最後に、ヴァルトは火のそばに座り込んだ。もう何も言わず、ただ、手のひらを焚き火の名残にかざしていた。


修道院跡の裏手は、倒れかけた石の壁と、積もった落ち葉に覆われていた。リュシアンと二人、懐中の灯りを頼りに、地面を探る。


【リュシアン】

「……ここだと思います。石の下、少し空洞がある」


彼が指差した隙間に、慎重に手を差し入れる。かすかな金属の感触──小さな箱が埋められていた。


掘り起こして開けると、中には丁寧に折りたたまれた、古い薄紙のようなものが一枚。


【リュシアン】

「これは、吸い取り紙……」


彼が紙をかざすと、光に透けるようにして、かすかな染みが浮かび上がった。その瞬間、私の心臓が跳ねる。


【リュシアン】

「インクが……染みている。“王命”……“ファルディン王室”……もうひとつ……」


紙の下部、かすれた線が三つ並んでいた。読み取れない。だが、それは”署名の形”だった。


【アメリア】

「これ……」


声が震える。この紙に、見覚えがあった。


【リュシアン】

「……三つの署名痕。正式な写しではないけれど、これは……重ねられていた文書が、正式な密約だった可能性が高い」


「この紙は、おそらく”書かれた上に置かれていた”だけのものです。けれど──その染みが、記されかけた”何か”を今も残している」


(この紙……父が使っていた特注の用紙)

(“正式な書類”にしか使わなかったもの──)


私は紙を見つめながら、言葉を失った。父の字の痕跡が、薄く残っているような気がして。


【アメリア】

「……でも、これだけじゃ、“密約”とまでは言い切れませんよね?」


【リュシアン】

「内容は読めません。でも──王命の語句、署名痕、そしてその紙の出どころ……」

「……もしこの紙が”当時のもの”だとすれば、これは提出前の”下書き”か、写しの痕跡ですね」

「“記録”にはなりませんが、“痕跡”としてなら、十分に意味を持ちます」


森を離れる前、もう一度、焚き火の場所を振り返った。けれど、そこには、もう誰もいなかった。


(あの人は、記録されないまま、消えていく)

(……けれど、残したものが、今ここにある)


風がまたひとつ、灰をさらってゆく音がした。

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