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第18話:誰の記録か

血の匂いが戻ってきた。

夢ではない、現実の匂いが──


夜の空気が落ち着きを取り戻す中、ヴァルトはしばらく何も言わなかった。

ただ焚き火の残り火を見つめるようにして、目を細めていた。

まるで、これから語ることが死者の名前であるかのように。


【リュシアン】

「……さっき、あなたは言いましたね。“記されなかった記憶を、探しに来た”と」

「その記憶は、どこに?」


ヴァルトは一度だけ目を伏せ、そして、重い口を開いた。


【ヴァルト】

「……十四年前。ある家門の処分が下されたあと、神殿側に届いた報告があった」


(ある家門?)


胸の奥が、嫌な予感に包まれる。


【ヴァルト】

「俺は、神殿記録官として、その”死亡記録”を補足登録する任にあたっていた」

「そのとき、提出された書類の束に、一枚……異質な文書があった」


彼の声が、わずかに震える。


【ヴァルト】

「形式は整っていた。表紙には”外交機密記録”の印と……」


一拍、間を置いて、


【ヴァルト】

「……リンドウの私印」


その瞬間、世界が止まった。


(……リンドウ)


私の手が、無意識に筆入れを握りしめる。同じ紋章。同じ家門の印。


【ヴァルト】

「本文の最初には、たしかに……王室名と、その家門の名前もあった気がする。けど……正直、全部は見てない。見てはいけないって、思った。目が滑るようだった」


私は、息を呑んだ。


(……その家門って、まさか)


【ヴァルト】

「でも──書類の末尾だけは、まだ見えた」

「アルトナリア王室、ファルディン王室、そして……」


彼の視線が、一瞬私の方を見た。


【ヴァルト】

「……“ジェンシア家記録官”」


その名前が告げられた瞬間、胸の奥で何かが崩れた。


(ジェンシア家……わたしの、本当の名前)


【ヴァルト】

「その三つの署名欄を見た瞬間、悟った。“これは、外に出しちゃいけない”と」

「原本は王宮に引き渡された。だが──そのとき机に残っていた、吸い取り紙だけが、手元に残った」

「……それを、俺は捨てなかった」


焚き火が、ぱち、と音を立てる。ヴァルトはまっすぐに炎を見据えたまま言った。


【ヴァルト】

「それが、俺の咎だ」

「神殿記録官でありながら──記してはいけないものを”見て”、それでも”記さず”、ただ……残してしまった」


指先の震えが止まらなくなっているのに気づいた。それを見ていたのか、リュシアンが静かに目を向けた。すぐに視線は外されたけれど、あの目に、少しだけ、心配のようなものが見えた。


息を吸うだけで、胸が痛い。頭ではわかっていても、心がまだ追いついかない。


(……“ジェンシア家”)

(その名前を聞いたときから、ずっと──この震えが、止まらない)


リュシアンの視線が、今度ははっきりと私を見つめていた。 その目の奥に、私は見た。


彼が知っていること。私が隠していること。 そして──取り返しのつかない真実があることを。

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