第17話:咎を投げつける者
火はまだ燃えていた。けれど、その温度が少しだけ変わった気がした。 温もりから、何か別のものへ。
ヴァルトの視線が、私の手元に落ちた筆記具に留まった瞬間、空気が変わった。
鞄から落ちた、銀の留め具がついた細身の筆入れ。手帳と一緒にずれて出たものだった。
【ヴァルト】
「……それは、“記録する”道具だな」
つぶやきに、熱がにじんでいた。火の明かりに照らされた彼の顔が、急に険しくなる。
【アメリア】
「……はい。でも、私は──」
言いかけた言葉が遮られる。
【ヴァルト】
「記録して、何になる。記したことで、どれだけの人間が死んだか、知らないくせに」
彼の声が、焚き火の炎よりも熱かった。十四年間の怒りと絶望が、一気にほとばしる。
【ヴァルト】
「俺はただ、“密約を見た”と伝えただけだ。……言葉ひとつで、“記録官”としての名も、生きた証も、すべて消えた」
(『密約』──それは、この国では“口にしてはいけない種類の言葉”だ)
その単語に、胸の奥が冷えた。
【ヴァルト】
「王と、他国との裏取り引き。……あれを言葉にしたあの男のほうが、ずっと正しいと思った。けど、記したわけじゃない俺が、処分された」
「“記録されない取引”を、記される前に止めようとしただけだ」
手が震えていた。感情が、どこかで止まらなくなっていた。
【ヴァルト】
「それでも、お前たちはまた、誰かを記すのか。誰かを、咎にするのか」
その瞬間、ヴァルトが地面に置かれた書類入れを手に取った。投げる──直感で、わかった。
紙の束が宙を裂こうとしたそのとき、
【リュシアン】
「……彼女に手を出すなら、話は別です」
リュシアンの身体が、私の前に滑り込むように入った。手を伸ばし、紙の束を弾き落とす。中から何枚かの紙が散り、焚き火の火が少し跳ねた。
彼の声は、いつも通り静かだった。でも、その静けさの奥に、確かな怒りがにじんでいた。
【リュシアン】
「その記録が、彼女の意思でなければ──それはただの暴力だ」
(……守られた)
目の前にいる彼の背中が、思ったよりも近かった。その背中から、確かな温もりが伝わってくる。
火のそばに落ちた筆記具が、月の光を鈍く返した。軸の根元には、リンドウの紋章が細かく刻まれている。──記録官の家門に伝わる、あの印。
リュシアンの視線が、一瞬それに触れた。
(……気づいてる。やっぱり、あの夜の問いは偶然なんかじゃなかった)
(見られていた。ずっと、“本当のわたし”を──)
でも、彼は何も言わずに、そっと私の方に向き直った。その視線はただ、こう言っているようだった。
(名を問うのは、僕じゃない。……記すかどうかは、君の選択だから――と)