表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/41

第15話:誰の記録か

(……確かめたかった?)


名前を問われたわけじゃない。

けれど、「別の名前が透けて見える」……そのひとことが、私の”記されていない過去”に、火を灯したように感じた。


そして、彼の最後の言葉。「確かめたかった」。


(この人は、最初から知ってた? それとも、疑ってた?)


たき火の炎が揺れている。夜の森は深く静かで、その中で何かが──動いた。


ギィッ、と木が軋む音。乾いた枝を誰かが踏み外したような、微かな破裂音。すぐに、草を踏み割る気配が続いた。


私は息を飲んだ。彼も、即座に身を起こしていた。


【リュシアン】

「屋敷のほう……今、動きましたね」


その声の奥に、わずかな確信が滲んでいた。私が視線を向けると、彼もその方向を見ていた。


【リュシアン】

「……やはり。踏ませるように仕掛けてありました」

「逃げ道のためにしては──ずいぶん、目立ちますし」


リュシアンは最初から気づいていた。廃屋の入口付近の不自然な仕掛け──踏めば音が出る簡易な警告装置に。


【アメリア】

「それって……」


【リュシアン】

「見つかりたくなかったのか。見つけてほしかったのか」

「……どちらかは、本人にもわからないのかもしれません」


焚き火の炎が、ぱちりと鳴って跳ねた。風ではない”何か”が、森の奥で動いた気配。その気配は、かつての私だったのかもしれない。 光と影のあいだに、いまもなお、似た歩幅で逃げている誰かがいた。


リュシアンは立ち上がり、手慣れた動きで火を踏み消す。


【リュシアン】

「……行きましょう。このまま消えられたら……記録の中でも、現実でも、彼はまた”いなくなる”」


【アメリア】

「待って、武器なんて──」


【リュシアン】

「要りません」


一瞬だけ、彼の目がこちらをかすめた。そこには、何かを理解したような光があった。


【リュシアン】

「記録されていない人間は、光を恐れる」

「……君なら、わかるでしょう?」


その言葉には、祈りのような響きがあった。そして、彼が私の正体を完全に理解している証でもあった。


闇の中、彼が振り返る。


【リュシアン】

「僕が前を。君は──目を逸らさないで」


(もし彼を見つけたら……私が、その人の物語を記すことになるのかもしれない)

(誰かの咎を、"咎のまま終わらせない"ために)


彼は私が"記されていない者"だと知っていて、それでも──

いや、だからこそ、この任務を続けようとしている。


一歩踏み出した瞬間、私は確信した。


この夜の先で、誰かの物語が終わるか、始まるかが決まる。 そして、その記録を残すのは──きっと、私だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ