第11話:山道の入り口
森に、飲み込まれる。
馬車が止まった瞬間、そんな予感が胸をよぎった。
窓の向こうの森が重く迫る中、御者がドアを開ける。リュシアンが先に降りて、いつものように無言で横にずれた。
急かすでも、手を差し出すでもなく──ただ、そこに”いる”ことが伝わる立ち方だった。
【リュシアン】
「ここからは歩きになります。……しばらく、森の中です」
【アメリア】
「はい、大丈夫です」
自分の声が、思ったより張り詰めている気がして、少しだけ恥ずかしくなる。けれど、彼は何も言わず、いつものように歩き出す。
(あの場所……修道院の跡地)
処刑された男が、最後に何度かそこを訪れていたという話。村の老婆の証言。どこまで本当かはわからない。けれど、ただの迷信にしては、妙に具体的だった。
道は次第に細くなっていく。森が深くなるにつれて、空気もひんやりとしてきた。
しばらく歩いたあと、ふとリュシアンが足元の石を避けながら、まるで道中の雑談のように口を開いた。
【リュシアン】
「そういえば……修道院って、どのくらいいらしたんですか?」
その声は軽やかで、何気ない会話を装っていた。けれど──
(……今、修道院の話?)
(こんなところで、その話題が出るなんて思わなかった)
ほんのわずかに足が止まりそうになったのを、無理に前へ運ぶ。動揺してると思われたくなくて、声を整えて答えた。
【アメリア】
「……12……13年、くらいです」
数字を口にした瞬間、空気がすこし冷たくなった気がした。
【リュシアン】
「……じゃあ、11歳のころから?」
【アメリア】
「……そうですね。……たぶん」
(なんで、そんなことを聞くの)
(でも……責めるみたいじゃなかった。知ろうとしてるだけ)
彼の横顔を盗み見ると、その表情はいつもより集中していた。まるで何かを確認するように。
【リュシアン】
「記録では”12年”でしたけど。君の”たぶん”の方が、なんだか本当っぽい気がします」
その声には、どこかあたたかさがあった。けれど同時に、何かを見極めようとする意図も感じられた。
【リュシアン】
「記録は、いつも数字を並べてくるけれど。人の時間って、きっともっと、輪郭がにじんでる」
(にじんでる)
誰かにそう言われたのは、初めてだった。守っていたはずの何かが、するりと滲んでしまったような気がする。
リュシアンの沈黙には、満足したような響きがあった。
(求めていた答えを得た、とでも言うように)