第10話:本当の任務
詰所の一角。リュシアンの指が静かに、机の上に広げられた地図の端を押さえた。彼は一拍、私が落ち着いたのを見計らって、口を開く。
【リュシアン】
「……あの場所。修道院跡、おそらくここでしょう」
「公式の地図からは消えていますが、古い巡礼記録を照らし合わせて。たしかに、その場所があった痕跡があります」
山間部にぽつりと記された、使われなくなった地名。失われた修道院。地図上の空白が、急に意味を持って見えてきた。
【アメリア】
「行くんですね。次は」
【リュシアン】
「ええ。君が見つけた情報と照らし合わせても、ほぼ間違いないでしょう」
「彼が処刑の直前に通っていた”場所”。何かがあるとすれば、そこしかない」
彼の目はまっすぐに、地図の上ではなく、こちらを見ていた。でも、その表情には、どこかためらいのようなものも混じっていた。
【リュシアン】
「……本当は、こういうことを言うべきじゃないんでしょうけど」
少し間を置いて、声を落とす。
【リュシアン】
「この調査、最初に感じた違和感が的中している気がするんです」
「本来なら神殿の仕事ですし、神殿が内々に処理するはずです」
「……それを、なぜ僕らに?」
一瞬、空気が止まった。
【アメリア】
「それは……」
【リュシアン】
「たとえば、報道官と記録官を”同じ目線”に立たせたかったとしたら? それがこの組み合わせの理由だとしたら?」
(観察されている?)
(記すことを通じて、何かを……)
彼の言葉に、薄寒いものを感じた。私たちの調査が、誰かの思惑の内にあるとしたら。
【リュシアン】
「君は、どこまでこの任務を”記すつもり”ですか?」
まっすぐに向けられたその目。何も語らないのに、すべてを見抜いているような目だった。
その質問は、表面的には記録官としての職務について問うているようだった。けれど、その奥に別の意味が潜んでいるのを感じた。
(問われている。私が、“どこまで踏み込むつもりなのか”)
(任務に? 記録に? それとも……)
(わたし自身に?)
そして、もしかすると──
(この人は、わたしが”記されない者”だと知ってるの?)
胸の奥で、何かが確かに問いを返していた。わたしは──記録から消されて、誰にも語られず、何も証明されないまま……ここにいる。
言葉にはならなかった。でも、その沈黙こそが、答えなのかもしれなかった。
少しの沈黙があって、彼は言葉を和らげるように口を開いた。
【リュシアン】
「次は山奥です。……寒くなりますよ」
そして、ふと目を伏せたまま、ほんのわずかに視線を外した。
【リュシアン】
「……そういえば、歩き方が少し変わりましたね」
何気ない指摘。けれど、それは私の”変化”を確かに捉えていた。
(歩き方?)
自分では気づかなかった変化を、彼は見ていた。それがどんな変化なのか、聞くのが怖くもあり、知りたくもあった。
(この人は、最初からわたしを見ている)
(ただの記録官見習いとしてではなく、別の何かとして)
夕陽が詰所の窓を照らし、二人の影が長く伸びていた。明日からは、また新しい調査が始まる。山の奥、記録にない場所へ。
(この人と一緒なら、きっと──)
(でも、もしかすると、それも全部……)
そんな想いが、複雑に胸に宿っていた。