第2話 ローディ、音をぶっ放す
「なぁリク、お前ってどんな音が好きなんだ?」
朝。という概念があるのかどうか曖昧なこの異世界で、ラムダが唐突に問いかけてきた。片手には巨大な缶コーヒー。火を吹いてる。
「いや、そんな難しいこと急に言われても……」
リクは昨晩のライブバトルのダメージをまだ引きずっていた。魂が擦り減った感覚。寝ても疲れが取れない。なのに、目覚ましがギターの轟音ってどうなの。
「音楽ってのはよ、魂の奥からくる“ぶっ壊してぇ!!”って感情を叫ぶ手段だ。お前もいつか、自分の音を鳴らすときがくるぜ」
「そんなフラグ立てないでください……」
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その日、街は異様な熱気に包まれていた。
中央広場では「爆音オーディションフェスティバル」が開催され、若手バンドたちがこぞってシャウトを競い合っていた。音圧で屋台がひっくり返り、空を飛ぶタコ焼きがリクの顔面に直撃する。
「おい、そこのローディー。うちの機材運ぶの手伝え!」
「え? あ、あの、僕は通りすがりの——」
「うるせぇ! 俺たち“バーニング寿司パンク団”だぞ! リク、てめぇの名前今日から“サビマシマシ野郎”だ!」
「いや意味わかんない!!」
やたら暑苦しいバンドに絡まれ、リクは機材運びを手伝わされることに。しかもアンプの代わりに寿司のネタケースが積まれている。いや常識どこいった。
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「リクゥゥーーーッ!! そこで何してんだよぉぉ!!」
遠くからドラム担当のユリが突進してきた。雷エフェクトを撒き散らしながら。完全に通報案件。
「勝手に別バンドのローディーやってんじゃねぇよ! ヘルアンはどうなる!?」
「違うんだって!! 流れで……流されただけで……」
「流されただ!?クソッタレな言い訳してんじゃねーよ!!」
「女の子がクソッタレとか言わないでほしい!!」
そのときだった。広場のステージが突如、黒いモヤに包まれる。
「な、なんだあれ……」
司会のテンションが下がった。珍しい。
「えー……おい、マジかよ。出たぞ……“ノイズ教団”だ……!!」
「ノイズ教団?」
ラムダたちが駆けつけてきた。ミラはギターを肩に担ぎ、目を細める。
「最悪のヤツらよ……音楽を“破壊”することを目的とする集団。コードもリズムも無視した、ただの騒音……でもその“音圧”だけは本物」
広場の観客が次々に耳を押さえて倒れていく。スピーカーからは、壊れたラジオのようなバリバリ音。そして重低音の地鳴り。
リクの体が勝手に震え出す。
——これ、音じゃない……暴力だ。
「ダメだ、会場が制圧される!」
「何か、対抗できる手段は!?」
ラムダたちはギターを構えようとするが、すでにバンドの機材が“ノイズ”に飲み込まれ始めていた。
「こいつら、音響結界を使ってやがる! 私たちの音が……届かない!!」
そのとき——
バチンッ!
リクの腰に吊るされた謎のエフェクターが光を放った。
「な、なにこれ!? 昨日のライブバトルの時に拾ったやつ……?」
——脳内に、謎の声が響く。
《音の魂、共鳴の鼓動を知れ。魂のローディーよ、今こそ己の音を鳴らせ》
「えっ……まって、急に意味不明な啓示始まったんだけど!?」
手が勝手に動く。足元のケーブルを繋ぎ、アンプ代わりの屋台スピーカーにエフェクターを接続。スイッチオン。
\ブォォォォォォォォン!!!!!!/
突如、轟音が辺りを包む。
ノイズ教団の音を押し返すような、クリアで荒々しい、純粋な“初期衝動の音”だった。
「お、おい……これは……リクの音か!?」
「まさか……ローディーのくせに……初ライブ音を鳴らしやがっただと!?」
リクの足元から、赤い魔法陣のような音響波紋が広がる。
そして、ラムダたちのバンド機材がそれに反応し、完全復活!
「よっしゃぁああ!! ローディー、お前マジで最高だぜ!!」
「いや、俺何した!? ただボタン押しただけだぞ!!?」
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その後、ラムダたちは音の勢いを取り戻し、ノイズ教団をステージごと吹き飛ばすことに成功。会場には歓声とメロイックサインが溢れた。
リクは、ぼーっとしたままステージ袖に座り込む。
「はぁ……また魂、削った気がする……」
ミラが隣に座る。珍しく優しい顔だ。
「よくやったわ、リク。あなた、もう立派な“パンクバンドの一員”よ」
「……ローディーでも?」
「ローディーだからこそよ。あんたの音が、私たちを救ったんだから」
リクは戸惑いながらも照れ笑いを浮かべてしまった。
——この世界、やっぱおかしいけど。
なんかちょっと……悪くないかも。