音符ホスピタル
音楽スクールでピアノの講師を務めている盤上鍵には、二つの特技がある。
一つ目は一度耳で聴いた音をピアノで演奏出来ること、そして二つ目はあらゆる楽器から生まれた音符が見えることだ。
この日もいつものように鍵は何名かの生徒にピアノを指導していたのだが、聴こえる音色の響きがどうしても気になっていた。
「皆……音、聞き取りづらくない?
演奏に支障を感じたら、遠慮しないで云ってくれな」
「聞き取りづらくはないで~す!」
「先生、どうしてそんなこと聞くんですか?」
生徒たちはこの日に限って意味深なことを口にする鍵に対して、不思議に思う。
「ん……ちょっとね、ピアノの調子が悪いみたいなんだ」
ピアノから生まれる音階が僅かながらに異なることを正しく感じているのは、特殊能力を持つ鍵だからだろう。
「ごめん、ごめん……続けるね」
生徒たちのお手本となるよう普段のようにピアノを演奏するが、鍵の絶対音感が強く反応してしまう。
(音に集中しないと、ピアノの演奏が乱れてしまうじゃないか!)
必死に演奏を続けようとする鍵だが、生まれてくる音色のズレに集中力が薄れていく。
ふと生徒たちの方向に視線を向けると、うち一人が何らかの反応を示しているのが分かった。
その生徒、音羽天の肩に、小さな何かが潜んでいるのが視界に入る。
その何か……とは、鍵もよく知るモノだ。
(音……符?)
そう、音符……が天の肩に、小鳥のようにのっかっているのだ。
鍵が驚いてある顔をしていることに気が付いた天は、突然こう云い放った
「先生、『シ』の音鳴らして!」
天の目があまりに真剣なものだから、鍵は反射的に云われるがまま『シ』の音を鍵盤で弾いた。
(ん……?
音符が、透けてる?)
奏でた『シ』の音色である音符の姿は半透明になっていて、天の肩に留まる音符の方へと向かっていく。
そこで鍵は気付いたのだが、音符は両方とも半透明になっていた。
ピアノから生まれた『シ』の音符は天の肩に留まる音符と重なり、確かな存在のモノとなった。
「天くん、先生……それ、何?」
「もしかして、音符?」
「二人とも、音符を出せるんですか?
天くん、出せるの?」
生徒全員音符を見ることが出来ていて、皆その事にビックリしている。
天を除いては。
「この『シ』の音符は具合が悪かったんだよ。
でもボクは音符ホスピタルの力があるから、先生が出した脱け殻の『シ』の音符に嵌め込んで治したんだ」
「そう……だったのか。
その音符、不調だったのに、全然気が付かないまま演奏してたよ。
悪い事したな」
具合が良くなった『シ』の音符に鍵は真摯に謝罪した。
するとその音符は軽やかな音色を弾ませ、空中で廻り出した。
〈♪♪♪♪♪♪♪〉
『シ』の音符が音色を奏でると、教室にあるピアノから他の音符たちも音色を奏で出した。
「この曲、知ってる!」
「確か『ありがとう』っていう曲よね!」
「音符たちが『ありがとう』を奏でてる!」
自ら現れ曲を奏でている音符たちは、天使のように跳ね回っていた。
「天使の音符だね、先生」
「音符を天使にしてくれた天くんは、音符ホスピタルの神様だよ」
教室じゅうに、色んな『ありがとう』の曲が鳴り響いていく。




