54話 ミッション 亜麻から繊維を得る-3
濁った水に手を入れ、ローズは1週間水に漬けた亜麻を取り出した。
「乾燥させるのに適した設備を作りましたので、ここにかけて乾くのを待ちましょう。
名前は、そうですわね…物を竿に干すわけですから、物干し竿と名付けましょう!」
ローズが作った物干し竿は、2本の木と、それを貫く竿で作ったものだったが、ここである失敗をしてしまう。
それは、生きている木をくり抜いたことだ。
木は樹皮と髄(中央の芯のようなみっちりした部分)のあいだに、維管束がある。
水を吸い上げる部分を傷つけてしまえば、いかにご都合主義のナーロッパファンタジー世界の木といえども、枯れてしまうだろう。
「なんだかこの亜麻、ヌルヌルしますわね…オエッ!」
それでも何とか物干し竿にひっかけ、彼女はその場を後にした。
前日に植えたナッツはちゃんと芽が出ている。
「後は忘れずに水をやるだけですわね…。
さて、時間が出来ましたが、やりたいことは決まっているのです。
もっと土器が欲しいのですわ!
土器があればスープを作りたい放題ですものね!」
スープを作れるようになってからというもの、ローズと山ヒトデ達の食生活は大幅に改善された。
それ以前は、生で食べられるナッツ、ベリー、リンゴ、そして火で焼いた貝が食事の全てだったわけだ。
火が食事に与えた変化は、生肉を加熱して食べられるようになることばかりがクローズアップされがちだが、実は『焼く』ことと同じかそれ以上に『煮る』ことは、人類に大きな影響を与えた。
確かに焼いただけでも、タンパク質や硬い根菜類は食べやすくなる。
そして煮た食べ物は焼いた食べ物とはまた違い、子供、老人、あるいは普段健康な若者でも病気やケガなどで体が弱っている時に栄養を摂取しやすかった。
人類の生存を大いに手助けしたことだろう。
さらに、煮ることは物質を加工するというアイディアを人類にもたらした。
水という溶媒に食べ物を入れ、変化させる過程でいくつもの発見があったと考えられる。
料理は科学という言葉をよく聞くが、原始時代の食事はいつでも科学実験だったに違いない。
また、煮炊きをするための器を土や石で作るなど、副次的に調理道具も発明されていった。
「バスケットいっぱいに粘土を取りますわよ~!」
川に来てみると、以前掘った粘土質な地面が拡張されていた。
箱庭世界のレベルアップにより、天然資源も増えていく。
「オホホ!
粘土ばかりがこんなにたくさんあっても困りますわ。
土器以外の何かに使えるのならお話は別ですが!」
――――――――――
いい感じにカゴを編み、中にひも状にした粘土を貼り付けていく。
粘土遊びが大好きな山ヒトデ達も一緒だ。
仲間に加わったばかりの黄ヒトデも、楽しそうに粘土をこねている。
「ウフフ、微笑ましいですわね。
わたくしの幼少期を思い出しますわ…」
ローズは土器づくりが一段落すると、遊びに加わった。
「こんないい教材があるんですもの。
皆さんに『形』をお教えしてあげましょう♪」
彼女は粘土を丸め、球をつくった。
「これはボール。
箱庭世界と同じ形ですわね♪
どこにも頂点が無く、中心からの長さがすべて同じ形でございます」
山ヒトデ達は興味津々で、ローズの真似をして球を作った。
しかし小さなおててでは難しいのか、赤血球のようにぐにゃんと潰れたような形の個性的なボールが次々に出来上がっていく。
さらに彼女は、おにぎりのような三角の形を作る。
「これはトライアングル。
3つの辺と3つの頂点で出来ております。
まあこれは厚みがあるので正式には違うのでしょうが…。
わたくしが小さかった頃、音楽の演奏会でシンバルを担当させていただいてましたの。
ですが、あまりに独創性に富んだ演奏をするという理由で、布を被せたトライアングルという世界に1つだけの楽器を担当したことがございますのよ!
オホホッ!」
山ヒトデ達は一生懸命、三角形も真似して作った。
そして…。
「これはブロック。
6つの面、頂点が…沢山ですわ!
面だけを見れば、四角、スクウェアですわね。
みなさん、ブロックは作るのが…難しいですから…無理をなさらず…に…?」
脳内の離れた領域と領域に電気が走る。
「ブロック…ぶろっく…ぶりっく…ブリック!?!?!?
いやこれレンガですわ~~~!?!?!?!
えっ????
いつ箱庭世界にレンガが湧いてくれるのかと心待ちにしておりましたが…!!!!
あんなに木で頑張って家を建ててましたのに????
川の中にレンガの材料がございましたの????」
レンガの歴史はかなり古い。
と言っても、現代のレンガとは違い、古代のレンガは動物のフンを乾燥させたものや、泥、土、粘土を日干しで乾燥させたものだった。
約7500年前に作られた乾燥レンガがシリアで発見されているが、現代でもアフリカなどでは日光で泥を乾燥させたレンガが使われていることがある。
その際、ただの泥や粘土ではなく、植物を混ぜて強度を高めた土が使われるので…なんとなく嫌だが、動物のフン、特に牛のフンを混ぜ込んでレンガを作るのは、科学的にも根拠がある製法なのだろう。
そして約5000年前。
古代メソポタミアの遺跡から焼成レンガが発掘された。
土器だって焼き固めるわけだから、同じく粘土から作られたレンガが焼かれるのは当然のことのように思えるが、日干しでも十分使えるレンガを『もっと頑丈にしたい!』と焼成工程を入れてくれた誰かによって発明されたのだ。
使えるからまあいいか、ではなく、常に改良をしていく心意気が人類を今の時代に連れて来てくれた。
名もなき数多の職人に感謝だ。
「こ、これって焼けばレンガになりますでしょう~~~~!!!!
土器なんて作っている場合じゃございませんわっ!
レンガをたくさん作って、ツリーハウスの土台といたしましょう!!!!」
それはもうツリーハウスではない。
――――――――――
数時間後。
「どうでしょう、みなさん?
同じ形は作れましたか?」
オオバの葉の上に並べてある”レンガ”を見ると…。
大きかったり、小さかったり、斜めになっていたり、歪んでいたり。
「そうですわよね。
わたくしも、THE レンガ!という理想のレンガを一つ作り、それを目の前に置いて同じ形を作ろうと努力はしているのですが、あまり上手く複製できませんもの…。
今日の作業はここまでとしましょう。
みなさん、用水路で手を洗い、自由時間ですわ!」
夕食後。
水浴びをしてサッパリしたローズは、いつもイス代わりにしている切り株に腰掛けた。
幹に結んであるリボンが風で揺れ、彼女の足をくすぐる。
「ああ。
箱庭世界に来たばかりで木材加工スキルを上手く使えませんでしたから、目印代わりにしたリボンですわ。
懐かしさすら覚えますわね。
今は最初に入れた一撃の場所を追撃して木を切り倒すことが出来るのですから、わたくしも成長しましたわ~!
…目印。
土器を作る時は、カゴがガイドになるのですわ。
カゴが無ければ、うまく円にならずにグニャグニャしてしまうことでしょう。
もしレンガ造りにガイドがあれば?」
『型』の発想は、同一規格のモノを大量生産し、人類を古代から現代に導いた奇跡のひらめきである。




