52話 ミッション 亜麻から繊維を得る-2
亜麻を水に漬けて3日目。
気温が高いこともあり、すでに茎は腐りかけている。
水は淀み、濁っていた。
「ほ、本当にこの手順でよろしいのでしょうか…?」
ブループリントを端から端まで読み直すが、一週間水に漬けると書かれていた。
「オホホ…例え失敗してとしても、まだ花畑の近くに亜麻が生えていましたから、やり直しができるのですわ。
でもちょーっとだけ不安なので、タネを畑に植えて亜麻を育てることといたしましょう」
さいわい、ブループリントには亜麻の育成方法も書いてあったので、乾燥した実からゴマほどの小ささのタネを取り出し、山ヒトデ達と一緒に畑に植えた。
「何日後になるかわかりませんが、ここにわさわさと背の高い亜麻が生い茂るはずですわ。
あらっ、そういえば…箱庭世界がレベル16になったことで、新しく増えた食材があったようななかったような…」
ステータスウィンドウを再確認すると、確かにトマト、オリーブが追加されている。
「トマト!
トマトは生のままでも食べられる素晴らしい食材なのですわ。
わたくし、トマトを探してまいりますので、皆さんは畑を拡張していてくださいな」
――――――――――
「ございましたわ!
この赤く輝く美しい実、まさしくトマトでございましてよ!
まあ美しさではわたくしに敵うモノは存在しないのですが…」
植物に敵対心を燃やす悪役令嬢はさておき、トマトは世界で最も多く生産されている野菜だ。
さらに年々消費量も生産量も増え続けており、野菜の王様と言っても過言ではない。
原産は南アメリカ大陸で、スペイン人によってヨーロッパにもたらされた。
それぞれの国の気候に合わせた品種改良が進んでおり、中国、アメリカ、インドなど世界中で栽培されている。
また、国ごとに『ご当地トマト料理』が存在し、トマトの消費の仕方にお国柄が出るのも面白い。
イタリアではパスタやピザなどおなじみのトマト料理として。
インドではカレーなどの煮込み料理に。
中国では炒め物として。
アメリカではケチャップやピザ用のソースに。
そして日本では…生食が多い。
「種を取って栽培したいのですが、実の中にありますでしょうか?」
黒曜石のナイフで切ると、極小サイズの黄色のタネが入っていた。
「きちんと観察したことなんてございませんでしたが、もしかしてこれ一粒一粒がタネだったのですね?
なんとお得なお野菜なのでしょう、一つのトマトから百本のトマトが育つかもしれませんわ~!」
残念ながら、どんな植物のタネにも発芽率というものがあり、全てのタネから芽が出るわけではない。
「なんだがぐちゅぐちゅしておりますが、取り出したタネをそのまま畑に植えても大丈夫でしょうか?
まあ、モノは試しですわね♡
植え方は…2色ターニップを参考にして、1cm間隔、深さ1cmで試してみましょう。
ですが。
そろそろなんとなく昼っぽい時間が近いような気がいたしますので…先にランチといたしましょう♪」
みんなで集まり、昼食をとる。
「早速ですが、今日のランチはトマトとポテトとストライプ巻貝のスープなのですわ~!」
炎天下、湯気が立つスープを美味しくいただく。
「…いや暑すぎなのですわ~?!?!」
慌てて山ヒトデ達と共に洞窟内に避難した。
日陰は涼しいが、それでも汗が垂れてくる。
季節は間違いなく夏だろう。
「なんとくなく昼っぽい時間に食べてはいますが、本当は時間もきっちり計りたいのですわ…」
午後からは魔物の森の杭打ち作業を再開し、なんとか木の杭だけはぐるっと一周させることができた。
――――――――――
翌日。
水が引いたダンジョン内に出現していたクッションボアを見事、落とし穴に落とし、上から殺意高め黒曜石スピアで突き、倒した。
「やっと4枚目の毛皮を手に入れましたわ。
これで毛皮の服を作ってみましょう」
青ヒトデを呼び、毛皮の上に寝かせた。
体の大きさに合わせて黒曜石のナイフでグッグッと跡をつけていく。
「もう結構ですわ。
畑仕事に戻ってくださいな。
今日はトマトのタネを植える仕事をお願いいたしますわね」
青ヒトデはコクコクうなずき、畑へ駆けていった。
切り株の上に毛皮を置き、押し切るようにナイフで毛皮を星形に切り抜く。
「うーん…目と口の部分は穴を開けるとして、入り口は服の前につけましょう。
風が入ってこないようにと考えると、布を内と外に足して、合わせるような形に…」
すると、外側がペロッとめくれてきてしまう。
「あ!
”トグル”をつければよいのですわ!」
トグルとはボタンの前身のような留め具で、現代でもダッフルコートなどはトグルで前を閉じることが多い。
現代ではプラスチック製のものがほとんどだが、古くは木、爪や牙、鹿のツノなどで作られていた。
紐で出来たループを布の左右に縫い付け、2本の紐を留め具でつなぐというアイディアは、960年頃にあった中国の宋の時代から存在し、フロッグボタンと呼ばれている。
チャイナドレスについているので、見たことがある人も多いだろう。
フロッグボタンは発明として世界中に伝播した可能性もあるし、2枚の布を合わせる方法としてはかなりシンプルな発想で作られているので、ヨーロッパ、オスマン帝国などで別の時期に独立して発明された可能性もある。
ローズはさっそく木からトグルを作り、毛皮の端っこから作った紐を必要な部分に縫い付けた。
「完成しましたわ!
全身を包むクッションボアの…ええっと…何と形容すればよろしいのかしら?
つなぎ?
つなぎが完成しましたの!」
頭、手、足まですっぽりサイズのそれを、青ヒトデが試着してみる。
他の山ヒトデも興味津々だ。
「トグルはこうやって使うのですわ…はい、よろしくてよ。
どうでしょう?
動きにくかったりしますか?」
青ヒトデは飛んだり跳ねたり、いつもと変わらない動きを披露してくれた、が…。
「まぁっ!
急にバタバタしてどうしましたのっ!?」
慌ててトグルを外し、星形の毛皮つなぎを脱ぎ捨てた。
中から、ほっかほかになった山ヒトデが姿を現す。
湯気が立っているその姿が面白いのか、オレンジヒトデは笑い転げていた。
「あらっ…真夏に毛皮のつなぎを着せてしまってごめんなさいね!
オホホ~!」
青ヒトデ体温上昇事件。
ローズはオレンジヒトデ、ライトグリーンヒトデ、黄ヒトデもクッションボアの毛皮の上に転がし、ナイフで2枚の型を取る。
貝の針とロープ草を裂いた糸で縫えば、毛皮のつなぎの完成だ。
「もう2度と毛皮を濡らさないように、バスケットに入れて洞窟の中にしまっておきましょう。
ナッツと同じ高さにかけておけば、浸水からも守れますわ」
それにしても、自分の防寒着より山ヒトデ達の防寒着を優先するとは、悪役令嬢も心を入れ替えたようだ。
「いいえ~!
ボア、いのししの毛皮ってゴワゴワしていてわたくし向きじゃないんですもの。
新しいモンスターのキラーラビットとはウサギでしょう?
ウサギの毛皮、ラビットファーの方が、毛並みが高密度、柔らかくしなやかで潤いがあり、さらに見た目も美しく高級なのです。
山ヒトデさん達にはクッションボアを差し上げますから、わたくしはラビットファーを独占させていただきますわ!
オホホホホッ…!」
前言撤回、やはり魂の底から悪役令嬢である。




