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51話 ミッション 亜麻から繊維を得る

箱庭世界42日目の朝。

山ヒトデ召喚の像の前に立ち、ローズは新しい山ヒトデを召喚した。

青ヒトデ、オレンジヒトデ、ライトグリーンヒトデ、そしてブリリアントも一緒に、黄色ボティの山ヒトデを温かく迎え入れる。

「はじめまして、平民の黄ヒトデさん。

 わたくし、権力者階級のローズ・マクダナルと申します」


どんな挨拶だ。

ブリリアントを抱き上げ、数が4体に戻った山ヒトデ達と共に箱庭世界をぐるっと一周しながら、場所の説明をしていく。

危険なので近寄ってほしくない水辺、魔物の森の近くは、特に時間をかけて解説した。

言葉の端々に『平民』『貴族』『封建主義』など不穏なワードが顔を出す。

「ざっとですが、箱庭世界の事は大体説明できたでしょう。

 簡単ですがこれでwelcomeパーティを終わりとさせていただきますわ。

 それではさっそく…働いていただきましょう!

 オーッホッホッホッホ!!」


あらかじめ作っておいた水汲みコップとスコップを渡した。

黄ヒトデに拒否権はない。


――――――――――


ローズは読み終わったブループリントをクルクルと丸めた。

「どうやら、亜麻の繊維を得るには時間がかかるようですわ。

 先にミッションに手を付けておいて、空いた時間でツリーハウスを作ることといたしましょう」


 花畑に移動する。

「あの大雨に耐えてボウボウと生えておりますわ…!

 亜麻という植物は頑丈なのですわね」


黒海とカスピ海に挟まれた国、ジョージアの洞窟で、約3万4000年前に作られた亜麻の繊維が発見された。

亜麻は世界最古の栽培作物とも言われ、その歴史はもしかしたら食用作物と同じぐらい古いかもしれない。

古代エジプト時代に栽培が盛んになり、現在でもカナダ、中国、ヨーロッパなど世界中で栽培されている。

亜麻の繊維から作られるリネンは人類が初めて得た植物繊維製の商品と考えられており、病院やホテルなどの大規模施設ではナイロンや綿で作られた布製品も『リネン室』と名付けられた部屋に運ばれることを考えると、繊維の代表と言えるだろう。

「まずは刈りましょう。

 植物加工スキルがあるから楽でしてよ~♪」


手を振ればLv.4 植物加工のおかげでサクサクと亜麻が倒れる。

拾い集めると一抱えにもなった。

「ちょっと、採り過ぎましたかしら…まあ多いに越したことはないですわ!

 次の工程に移りましょう」


山ヒトデ達の力も借りて、茎の先についている種をぷちぷちともいだ。

「この種は乾燥させた後、鍋で炒れば食べられるし、油もとれると書いてありますわ。

 保管しておきましょう」


スライムの皮の袋がいっぱいになるぐらい種が取れた。


用水路の終わりの、水が溜まっている場所をさらに広く掘り、そこに亜麻の茎を浮かべる。

「ここなら亜麻を浮かべても流れていく心配はないでしょう」


亜麻を水に漬け…あとは1週間放置だ。


――――――――――


ぽよぽよ歩いている黄ヒトデを見ると、どうしても死んだピンクヒトデの姿と被って見えてしまう。

もう2度と山ヒトデを失いたくなかった。

「仕方がありませんわね。

 優先順位を考えますと、家よりも…魔物の森へ近づかないための柵を先に作りましょう」


木を切り倒し、杭を作り、ソリに杭を乗せ、崩れたお堀へと向かった。

ハンマーで一本一本杭を地面に打ち込んでいく。

山ヒトデは2班に分かれ、ライトグリーンヒトデと黄ヒトデはナッツを植えて木を量産し、青ヒトデとオレンジヒトデはローズの作業を手伝う、という体制をとっていた。

作業の途中でスライムがスポーンしたが、ローズがオラッ!と木の杭を投げまくって秒で穴だらけにして倒した。


夢中で作業をしていると、あっという間に日が暮れていく。


――――――――――


「みなさん、お疲れさまでした。

 今夜は火を起こせましたので、焼き貝がありますのよ。

 黄ヒトデさんも、お食事をどうぞ」


ベリーや貝の身を美味しそうに頬張る黄ヒトデをみんな微笑んで見守る。

「そういえば、どなたか山のふもとの畑を見てきた方はいらっしゃいませんか?

 ゲーミンググラスとジャガイモと2色ターニップが横倒しになって枯れていましたでしょう?」


山ヒトデ達は体を左右に振った。

誰も畑には行かなかったのだろう。

「明日はダメになった野菜を畑から取り除きに行きませんとね…」


――――――――――


翌日。

「だ、大収穫ですわ~!!!」


枯れた葉の下から、ゴロゴロとじゃがいもが出てくる。

掘れば掘るだけ見つかるので、ローズと山ヒトデ達は楽しくなって2時間も芋掘りをしていた。

「雨が降る前にもう実っていたのでしょうか。

 それとも意外ではありますが、芽が出たばかりでなければ、案外植物は洪水に強いのかも知れませんわ…とにかく、ゲーミンググラスも生っているようですし、今晩はターニップ抜きでスープを作ってみましょう!」


植物は風や雨で横倒しになっても、そのまま生き続けることが出来る。

もちろん育成に影響はあるし、実や種が生っていれば腐ってしまうこともあるが、丸一日水に浸かったぐらいで絶滅していたら今の地球に植物は生えていないだろう。

「ハッ!

 日光に当たって『緑色に変色したじゃがいも』にならないように、食べる分は洞窟の中に入れておきましょう。

 みなさん、わたくしスープを作ってきますので、ジャガイモとゲーミンググラスを植えておいてくださいますか?」


山ヒトデ達は手を振ってローズを送り出した。

食べる分以外はまた畑に植えて、収穫量を増やさなければならない。


ゲーミンググラスを収穫するコツも掴んだ。

「いきなり肉の部分を取り出すのではなく、使う直前まで茎のまま取り扱うと便利ですわね。

 さて。

 お湯が沸くまで時間がかかりそうですから、先に火をつけて土器を用意しておきましょう」


土器に水を入れても、漏れてこない。

薪の上に乗せても大丈夫そうだ。

「ホッと一安心ですわ。

 大雨で流されていた黒曜石のナイフも見つけたことですし…やっぱり洪水の中、素足で歩かなくてよかったですわね?

 材料を刻んでいきましょう」


木で作ったまな板の上で、洗ったジャガイモとゲーミンググラスの肉を刻む。

慣れない作業なので時間がかかってしまい、丁度良くお湯も沸いた。

ジャガイモと肉を入れ、煮立つ土器を見つめるが…。

「熱くて触れませんわ~!

 大きなスプーンのような道具が必要ですわね」


急いで木からおたま、レードルを彫り出した。

おたまの原型は貝、先をへら状にした木の枝、あるいは貝と木の枝を組み合わせたものだったのだろう。

グツグツと煮立っている鍋をかき回す道具は世界中、様々な場所で発明され、どれも似たような形をしている。

土器の発明と共に誕生したと考えてよいだろう。

「…というか、よく考えたらスープを入れる器もありませんわ!

 本当にないない尽くしですわねっ…!!」


苛立ちを覚えながらも、再び木材の前に立って5つのスープボウルとブリリアント用の浅い皿、さらにスプーンをくり抜く。

レードル、ボウル、スプーンの工作に時間がかかったので、いつの間にかスープはいい感じで煮えていた。

「オホホ…わたくしには製造者責任がございますから、味見をしませんとね… … …フーフー… … …それでは、お先に失礼していただきます… … …いや味無あじなっ?!?!?!

 無味ですわ~!」


ジャガイモと肉を煮ただけなのだから、味がする方が怖いのだが。

「これでは塩味えんみがありませんわ。

 塩味と言えば…海でしょう?」


キレイに洗ったスライムの皮の袋を持ち、ダッシュで海へ向かう。

古代でも塩は貴重で、海では海塩、陸では岩塩、干上がった湖で採れる湖塩など、そこかしこで塩の採集が行われていた。

古代ローマでは給料として塩が渡されていたので、塩を意味するsalサル、がsalaryサラリー、給与という単語の由来になった話は有名だ。

日本でも武田信玄と敵対していた上杉謙信が塩を送ったことから「敵に塩を送る」という慣用句が生まれたが…これが史実かというと…実は後世の創作だった可能性があるそうだ。

ちなみに、原始時代には塩作りの技術が無かったのにどうやって塩分を得ていたのかというと、動物の生肉や生血を飲んだり食べたりしていたため塩分不足にはならなかったらしい。


ローズはスライムの皮の袋で海水を汲み、戻ってきてさっそくスープに入れた。

もちろん、海水は苦じょっぱいので少しだけ注ぐ。

よく混ぜてから味見をすると…

「お、美味しいですわ!

 遠くに感じる磯の香り…!」


丁度いい感じになっていた。

山ヒトデ達も戻ってきたので、みんなでスープを飲む。

…ブリリアントのお口には合わなかったようだが、じゃがいもが完全に溶け切ったまろやかな磯味の肉スープだ。

感動で山ヒトデとローズの目がキラリと光る。

「というか…わたくし、忙しすぎて忘れていましたわ。

 食事は1日3回、本来は朝昼晩とあるものなのです。

 今後は、軽くでいいので、お昼に集まって食事をとりませんこと?」


よっぽど同意を示したかったのだろう。

山ヒトデ達はヘドバンかな?というように体を前後にブンブンと振った。

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