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49話 大雨

土器を焼きあげたその日の夜。

小雨が降ってきた。

「ちょうど夕食を食べ終えた後でよかったですわ。

 みなさん、小屋に移動いたしましょう」


小脇にブリリアントを抱え、山ヒトデ達と共に、寝床にしている薪小屋に移動した。

雨が降っても屋根があるおかげでびしゃびしゃに濡れることはない、が。

「ううっ…やはり壁がないと、雨が吹き込んできますわね…」


残念ながら、風に乗った雨が横から入ってきてしまう。

「もう夕日も沈んでしまいましたわ。

 真っ暗にならないうちに洞窟へ避難しましょう」


気温は高いので濡れた体もすぐに乾く。

「山ヒトデさん達が沢山ヨシアシのラグを編んでくださったおかげで、地べたで寝ずに済みますわね♪

 まっ、わたくしにはシーツ代わりのドレスがあるのですが。

 ふあぁ…!

 明日には雨も止んでいるでしょう。

 おやすみなさいませ、みなさま」


――――――――――


「つ、冷たい…!

 何ですの…?!」


クツを脱いでいたローズの足先に、水が触れた。

「…えっ?!

 み、みなさま!

 起きてくださいまし!

 ブリリアントさん、青ヒトデさん、オレンジヒトデさん、ライトグリーンヒトデさんっ!!!!

 非常事態ですわ~~~っ!!!」


洞窟に水が侵入していた。

外ではザーザーと本降りの雨が降っている。

洞窟の入り口から中央にかけては、少しだけ地面が高くなっているので、大雨で箱庭世界が水浸しになっていても、朝方まで気づけなかったのだ。


目覚めた山ヒトデ達は慌てふためき、ブリリアントは不安そうな声色でキャウと鳴いた。

「ご安心くださいまし、みなさま。

 こんな時のために、背負いカゴと山ヒトデ移動用バッグを作ってありましたのよ」


緊急時のために作っておいた背負いカゴにブリリアントを入れ、山ヒトデ移動バッグ…とその場の勢いで言ってしまったが、本当は収穫したナッツを入れておくバスケットに山ヒトデ3体を入れた。

「この洞窟、今わたくし達が立っている場所は少しだけ地面が高いのですわね。

 ギリギリ浸水を免れているようです。

 でも奥に行くにつれて地面が低くなっていますし、さらに真っ暗ですから、洞窟の奥へ移動するというのも危険な予感がいたしますわ。

 ならいっそ外へ出て、山の上に避難いたしましょうか?」


ローズはクツを履き、外へ出た。

水がじゃぶじゃぶ入ってきて足が重たい。

「ううっ…クツを脱いでしまいたいところですが、木の枝や石の破片で足を傷付けてしまうかもしれません…ここは我慢ですわ~っ!」


空の色は青く、それなりに明るいが、ザーザーと雨は降り続いている。

「真後ろで見えませんがー!

 ブリリアントさーん!

 大丈夫ですかー?!」


大声を出さないと雨音にかき消されてしまう。

「キャウーーーッ!」


元気な返事に一安心だ。

雨でびしゃびしゃに濡れてはいるだろうが、気温は暑いぐらいなので体温が奪われる心配はないだろう。

「山ヒトデさん達も、大丈夫ですわね?」


手元のバスケットをのぞくと、山ヒトデ達が顔にかかった水をぬぐいながらうなずいている。

「山まであとちょっとですわよ…って、ええーーーっ!?」


なだらかだが大きな山の側面から、ゴウゴウと音を立てて水が流れてくる。

坂になっているので雨水の流れが速いようだ。

また、流れ落ちてきた水が山のふもとで一旦溜まり、バシャっと押し出されるように流れてくる。

「や、山の近くは危険ですわ~っ!」


ローズは別の避難場所を探した。

どこかから、ゴー…という音が聞こえる。

全身ずぶ濡れの彼女は、顔に流れてくる水を手でギュッと払った。

「(あ、雨が鼻や口に入ってきて溺れそうですわ…!)」


鼻呼吸を諦め、口を開けてハッハッと浅い呼吸をしてなんとか歩き続ける。

ゴウゴウと音がする方向に行ってみると、せっかく魔物の森の周りをぐるっと一周掘ったお堀が無くなっていた。

土が雨水で崩れ、埋まってしまったのだろう。

「(また一からお堀を作りませんとっ…!

  いえ、今はそれどころではありませんのよ。

  このゴウゴウという音は一体どこから…?

  あっ!)」


穴の上に置いたヨシアシのラグが落とし穴に落ちていたが、それよりももっと目を引くものがあった。

ダンジョンの入り口にすごい勢いで水が流れ込んでいたのだ。

「(あらら…。

  この音は、ダンジョンに水が吸い込まれていく音でございましたのね。

  まあ、地下へと続く道ですもの、地上がこのように水浸しでは、排水溝のごとく水が流れ込むのも無理はありませんわ…。

  中にいるクッションボアやキラーラビットは大丈夫でしょうか?)」


モンスターが溺れ死ぬ心配をしている場合ではない。

雨はまだ降り続いているのだ。

「水位が上がってまいりましたー!

 やはり洞窟が一番安全かも知れませんわー!!

 みなさん、洞窟へ戻りましょう!」


ブリリアントと山ヒトデ3体はかなりの重量で、彼女(?)たちを運びながらの移動はローズの体力を奪っていく。


洞窟を目指して歩くが、限界だ。

「(…これ以上、みなさんを持ち運んで移動することはできませんわ…!)」

万事休すか、と思われたその時、地下部分が完全に水没した薪小屋が見えた。

しかし、屋根を乗せている木の板までは水没していない。

水位はローズのヒザまでの高さになっており、これ以上進むのは無理だった。

「薪小屋のっ…屋根の部分に…入りましょう…!」


束ねたヨシアシをどけ、先に山ヒトデの入ったバスケットを入れる。

背負いカゴをゆっくり背中から降ろし、ブリリアントも屋根の中に入れた。

少々高さがあるものの、ローズもよいしょっと板に登り、茅葺きが乗った屋根の枠と、屋根を乗せる木の板の間に避難することが出来た。

屋根の中は暗く、雨漏りがポタポタと落ちてくる不快な場所だったが、雨が直撃する外よりはずっといい。

「ハァ…ハァ…ぐっ…!」


ローズは足にへばりついたブーツをなんとか脱いだ。

「ああっ、疲れましたわ~っ!

 足先の感覚がありません…」


体育座りしながら、足をマッサージする。

山ヒトデとブリリアントは身を寄せ合って、ヨシアシの隙間から外を覗いていた。

奇跡的に、雨足が弱まっていく。

「まさか、一番欲しいものが『乾いたタオル』になる日が来るだなんて…人生どうなるかわからないものですわね」


濡れて水が滴る髪をギュっと絞りながら、ローズはぼやいた。

前世では豊富にあった布も、今は宝石と同じ価値に思える。


――――――――――


小一時間後。

雨は止み、空は晴れて光っているが、まだ地面の水は引いていない。

「ああ。

 これっていわゆる『洪水』ですわよね。

 洞窟の中にもかなり水が入ってしまったでしょう…クッションボアの毛皮や、乾燥させていた薪が…」


それと同じぐらいショックなのは、自分たちが寝床にしていた竪穴たてあなが水没している事だ。

「気づきませんでしたわ。

 地下とは、水に弱いのです。

 貴重なものを保存していたら…大変な目に合っていたでしょうね」


古代の竪穴建物は、茅葺きの屋根と地面が接する場所に土や泥を盛ったりして、水の侵入を防いでいた。

雨が降った時には竪穴建物の入り口から浸水しないように、シンプルに土を盛ったり、現代の土嚢の役割を果たす物を積んでいたのかもしれない。

だが、大雨が続けばそれも厳しかっただろう。

時には住居を捨て、体一つで高台に避難していたと考えられる。

日本は氷河期の終了以降、南シナ海沖や太平洋で発生する台風に悩まされ続けてきた。

台風による暴風雨や、川の氾濫に伴い壊滅的な被害を受けた集団、集落は石器時代から数えきれないほど存在していたと思われる。

とはいえ、洪水や暴風雨はネガティブな側面だけを持つわけではない。

1270年代に起きた元寇では元軍に大損害を与え、日本を侵略の危機から救った。

また古代エジプトではナイル川の氾濫により栄養のある土が運ばれる事で農耕が盛んになり、ついでに洪水でめちゃくちゃになった農地を元通りに区切る必要があるため、測量、数学なども発展したそうだ。


現代でも地下室、半地下が浸水に弱いのには変わりなく、汲み上げ式ポンプで対応したり、下水の機能を強化したり、土嚢、防水扉、止水板などの備品・設備を施設ごとに用意したり、水との戦いは続いている。


結局水が引いたのはさらに小一時間経ってからだった。

ぐちゃぐちゃになったクツを履く気にはなれず、ローズは素足で草むらに降りる。

「みなさんも順番に降ろしていきますわね」


ヨシアシの束をよけた部分から、一体ずつ地面に降ろしていく。

ぐちゃっとする草の触感が嫌なのか、山ヒトデ達は足をバタバタさせた。

ブリリアントはいつも朝露に濡れた草の上を平気で歩いているのだが、地面がぬかるんでいるのが不快だったのか、元の場所に戻してほしいという鳴き声を出した。

「あらあら。

 じゃあ、みなさんともう少しここで休むことにしましょう」


ローズはヨシアシの束を半分ほど取っ払い、木材で作られた屋根の枠組みの中で横になった。

ただただ疲れていた。


――――――――――


夕方。

「何もかも、めちゃくちゃになってしまいましたわね。

 今日は散々でしたが…そんな日でもおなかはすくのですわ。

 わたくし、夕食のナッツとリンゴを持ってきますから、皆さん屋根から動かないでくださいな。

 もちろん草もむしってきますわよ」


ローズはひとり、洞窟の中へ入っていった。

日光が届く場所の水は引いていたが…予想通り、洞窟の奥には水が残っていた。

「薪も濡れていて、これじゃ火を起こせませんわ。

 ああっ!

 どうしてこんなことにっ…!」


辛うじて、山ヒトデが勝手に食べないように、と上にかけておいたバスケットの中身は無事だった。

「良かったですわ。

 泥水で汚れたナッツなんて口にしたくありませんものね。

 …大事なものは高い場所に保管して、万が一の浸水に供えたほうがよさそうですわ」


ブループリントを入れてあるカゴが目に入った。

中のブループリントは濡れているが、破れたりはしていないようだ。

「ブループリントは海の中に数日沈んでいても無事だったのです…。

 水をかぶっても問題が無いようにする、という方向の解決策もございますわね」


雨に打たれてもノドは乾くものだ。

「水が飲みたいのですわ~!

 でも、池も泥水で汚染されているに違いありません…あらっ!」


池の水はいつもと同じように光り輝いている。

透明で、水底まではっきりと見え、のぞき込んだローズの顔を鏡のように映した。

「そういえば…この箱庭世界に来て初めてのミッションは、眠ることと水を飲むことでしたわね。

 どんな状況でも、飲み水だけは確保していただけるという優しさなのでしょうか?」


大水であちこちに散らばったコップを拾い集め、すすいだ後にあらためて水を汲み、山ヒトデ達とブリリアントの元へ戻った。

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