42話 ミッション 土器を作る-2
土器を乾燥させてから2日目の朝。
「ハッハッハッハッ… … …ハァーッ!!!!!」
ローズは見事な走り幅跳びを決めていた。
クッションボアを落とし穴に落下させ、スピアを刺しまくって倒す。
現金なもので、あれほど湧かないでほしいと願っていたモンスターも、ほぼ確実に倒せると分かった今はスポーンが待ち遠しくなっていた。
「やっと2体目が出たのですわ…スライムなんて2、3日に1度のペースで湧きますのに」
焦りは物資不足から来ている。
もし冬が来るのだとしたら、このままでは確実に毛皮が足りない。
ローズは自分のことだけ考えればよいわけではなかった。
ブリリアントと山ヒトデ達がいる。
ブリリアントは自前の毛皮があるから大丈夫だろうが、山ヒトデは星形の体を包む毛皮が必要だし、食料も多めに用意し、家も広く作る必要があるだろう。
「自分ひとり分の冬支度しかできなかった場合。
怒り狂った平民の山ヒトデさん達に反乱を起こされ、着る物、食べる物を奪われ、住む場所を追われた挙句、貴族社会まで解体され、わたくしが凍え死ぬという筋書きも十分あり得るわけです。
それを回避するためにも冬を越す準備を進めねばなりません」
いややっぱり自分のことしか考えていなかった。
「万が一ではございますが。
寒さと飢えであの可愛らしい山ヒトデ達が凍え死ぬぐらいなら、自分が手を下してあげよう、とも考えるのですわ。
一度山ヒトデを殺したら『殺す』って選択肢がわたくしの生活に入り込むと思うのです。
選択肢が増えるのはよい事ですけど…」
虎杖悠仁に謝罪したほうがいい。
「…でももう、そんなことはできませんわ。
ブリリアントさんと同じ、大切な命だと気づいてしまったのです」
――――――――――
「土器の乾燥、ってブループリントには書かれておりますが、なぜ1週間も乾燥させなければならないのでしょうか…?」
ローズの判断は、良くない方へと向かっていた。
「もう次の段階へ進んでもよろしいのではなくて?
そうですわよ~!
さっさと焼いてしまいましょう♪」
待ちきれないとばかりに、ローズは薪を用意した。
まだしっとりと湿っている土器を外へ出す。
失敗へまっしぐらだ。
――――――――――
いつも火を使っている石と砂の焚き火場で焼くことにした。
土器を置き、少し離して薪を並べる。
薪に着火して、じわじわと土器を温める。
「『土器を炙る』って書かれておりますが、なぜ燃え盛る火の中に投げ入れて直火で焼いてはいけないのでしょうか…ああっ!
まどろっこしいですわ~!!!!」
ローズはブループリントの手順を無視し、薪を次々に足し、炎を土器に当てながら焼いた。
短気は損気。
近松門左衛門はいい事を言ったものだ。
そして、山ヒトデ達とブリリアントも見守っている中…。
「だ、大失敗ですわ~~~っ!!!!」
土器は真っ二つに割れている。
当然、ミッションクリアの音も聞こえてこない。
「あああ…あああっ…!」
地に四肢を付け落胆する彼女を、山ヒトデ達とブリリアントが慰める。
「あ、ありがとうございます、みなさん。
グスッ。
もちろんみなさまには出来ない高度な仕事に挑戦しておりましたので、失敗を慰めていただけるのは当然の権利ですわ。
それはそれとして。
わたくし、ちょっと『手順』というものを舐めすぎておりましたようです」
もう一度ブループリントをよく読み、再チャレンジだ。
「2色ターニップの時は、偶然にラッキーが重なってミッションクリアになっただけでしてよ。
調子に乗ることは、いつの時代も淑女の身を亡ぼす毒菓子なのです。
今度こそ成功させましょう!」
彼女のポーズを真似て、山ヒトデ達も拳?を天に突きあげた。
――――――――――
「完成ですわ!
反省を生かし、1週間きちんと乾燥させましょう。
あと焼成も丁寧に、ですわね」
カゴを編み、粘土を貼り付けたそれを洞窟の中へ運ぶ。
見ると、山ヒトデ達も小さいうつわのようなものを作っていた。
「あらっ、上手にできましたのね♪
以前は粘土を捏ねて遊んでいただけじゃありませんでした?
成長しましたのね、オホホ。
一緒に乾燥させてみなさんの作品も焼き上げましょうか?」
山ヒトデ達はコクコクとうなずき、洞窟に敷かれたオオバの上にそっと自分たちの作品を置いた。
自由時間。
ローズは長い筒のようなカゴを編み、土器の作り方のブループリントをきちんと片づけた。
「もう大切なものを無くさないように、整理整頓ですわ。
…ところで、2色ターニップのブループリントはどこへ行ってしまったのでしょう?
あれだけ探しても見つからないなんて」
ふと顔を上げてみると、山ヒトデ達が石を投げて遊んでいた。
どうやら、海で石を投げて以来ハマっているらしい。
「ウフフ。
それならいいものを作って差し上げますわ♪」
木材を削り、円盤を作った。
「必ず、人のいない方向に投げるとお約束してくださいまし。
よいですわね?」
山ヒトデ達は大喜びだ。
言いつけを守り、3体は別々の方角に向かって円盤を投げた。
ローズも自分用に作った1枚を投げる。
「ハァーーーーッ!!!」
腹の底からの低音と共に力強く投げられた円盤は、ビューン!と飛んでいった。
ヒトデ達はさらに大盛り上がりだ。
「まっ、ざっとこんなもんですわね。
ナーロッパの男子はこういう道具で肩を鍛えていたのですわ。
…わたくしは令嬢ですけど、オホンっ…!」
多少気恥ずかしいが、誰が見ているわけでもない。
思いっきり体を動かせるのは気持ちよかった。
小躍りしながらヒトデ達が寄ってきて、他の遊びも教えて欲しい、という風にせがむ。
ローズは、ナーロッパにあった様々なトレーニングを思い出していた。
「そうですわね…短距離走なんかも人気でしたわ。
短い距離をダッシュするのです。
やってみましょう♪」
草原の草を少しだけスコップで掘って返し、土のラインを作った。
「大股で歩くとだいたい1mになると学園の先生から教わりましたの。
ですからここから、1歩、2歩、3歩、4歩…はい5歩!
約5mのところでラインを引きましょう。
ここをゴールとします。
そして、皆さんスタートにお並びください」
山ヒトデ達はワクワクした様子で一列に並んだ。
「On Your Marksで、位置についてください。
get setで、走り出しやすいように前かがみになってください。
go!でダッシュしてくださいな。
それでは…」
山ヒトデ達はキリリとした表情になる。
「On Your Marks...get set...GO!」
3体同時にバッと走り出した。
しかし。
「(あらっ、足の速さが違うのですわね)
ゴールラインはここですから、頑張って走ってくださいまし!
はい、1位、オレンジヒトデさん!
2位、ライトグリーンヒトデさん!
素晴らしい走りでしたわ、3位、青ヒトデさん、みなさんお疲れ様でした」
山ヒトデ達はたいへん盛り上がっており、もう一回勝負だ!と揉めながらラインに並んだ。
ブリリアントがやってきたので、ローズはしれっとスタートの合図係をブリリアントになすり付けた。
「キャウキャウキャウ…キャウキャウ…キャウッ!」
何度も何度も山ヒトデ達はダッシュしている。
何回走っても順位は同じなのだが、よほど気に入ったらしい。
「(今まで、違うのは体色だけだと思ってきたのですが…それは間違いだったようですわね。
性格も、運動能力も、手先の器用さも違うのですわ。
何という事でしょう、個体差がありましたの!)」
居てくれたらちょっと便利な労働生物ぐらいに考えていたが、どうやらそうではなさそうだ。
「もし、山ヒトデさん達に…文字や算数を教えたら、わたくしと同じレベルの賢さになるかしら?」




