34話 ミッション 2色ターニップの種を植える
箱庭世界20日目の朝。
ローズ達は、山ヒトデ召喚の像の前で『特別イベント 山ヒトデ召喚3』をおこなっていた。
レインボーに像は光り、ライトグリーンの山ヒトデがぼわっと現れる。
「ようこそ山ヒトデさん、歓迎いたしますわ♪」
ローズは召喚されたての山ヒトデに箱庭世界のルールを簡単に説明するが…その中で自分がリーダーだと10回以上発言して、サブリミナルで誰がボスかを潜在意識に刻みつけた。
「まあ細かい事は先輩方が教えてくださるでしょう!
オホホ!」
新しく作ったスコップと水汲み用のコップを手渡し、しれっと労働に参加させる。
「それでは、木への水やりはお願いいたしますわね。
わたくし魔物の森へ行ってまいりますわ、ごきげんよう」
いってらっしゃーいという感じで手を振る山ヒトデ達に、ローズはロイヤルお手振りで手を振り返す。
しかし内心、穏やかではない。
これ以上近づいてはいけないというお堀のラインを軽やかにジャンプし、魔物の森の近くに来た。
見ると、以前はなかったダンジョンの入り口のような洞窟が確かに誕生していた。
「ああ…きっとあのダンジョンの地下1階にクッションボアがいるのでしょうね…くっ!
一刻も早く討伐したいところですが…こんな木製のスピア2本でどうにかできるモンスターではないでしょう。
今日のところは、偵察だけにしておいてあげますわ!
覚えてらっしゃいまし!!」
悔しいが、敵を倒す良策が思い浮かばない。
ここは捨てゼリフを吐いて逃亡するのが正しかった。
「とにかく魔物の森へ近づかないようにすること、絶対にダンジョンには入らないこと、これを山ヒトデさん達とブリリアントさんにお伝えしましょう…」
ダンジョンに関する知識をもっと深めておけばよかったと後悔しながら、ローズは箱庭世界に来る前に暮らしていたナーロッパのことを必死に思い出す。
今ある知恵で戦うしかない。
「冒険者が定期的にダンジョンに潜りモンスターを討伐しないと、地上に出てきて人を襲うことがあるそうですわ…この世界のダンジョンに住むモンスターがどのような生態なのかはわかりませんが、もし同じなら、放置すれば大変なことに…」
最悪の事態を想像した。
「わたくし、前世でめちゃくちゃな事をして自ら毒をあおり、この世界で暮らすことを罰として命じられているのですわ。
つまり一度死んでいるのです。
二度目はご免ですわ!
それにモンスターに攻撃されて死ぬなんて、令嬢の亡くなり方としては最も相応しくないものです。
ステキな権力者と結婚して、好き勝手豪遊し、かわいいおばあちゃんになってからでないと死ぬのは認められませんっ!!!!」
二度目の終わりを回避するためにも、早々に手を打たねばならない。
――――――――――
「あらっ…?」
切り倒した木材の場所まで帰ってきたローズは、雨で枝や葉がシケっている事に気付く。
「これじゃ、火を起こしたいと思った時に使えませんわ」
いつも火起こしに使っている木の削りカスも、濡れてべちゃべちゃだ。
「そういえば…わたくしが暮らしていた屋敷には『薪小屋』というものがあったのですわ」
本邸の裏にあった薪小屋を思い出す。
小屋といっても、柱と雨よけの屋根、スカスカな壁でできている粗末な木製の建物だった。
それでも住居とは別に小屋があるだけ流石は貴族の邸宅で、ナーロッパの一般住宅では家の中に薪を保存しておく小さな部屋か専用のスペースがあるだけだ。
また冬には暖炉を使うため、家中が薪だらけになるのが普通で、土地に余裕のある郊外の家か、貴族の大邸宅でしか薪小屋は見られなかった。
「大量の薪が保管されていたのですわよね…ああ懐かしい。
この世界でも薪売りが馬車で薪を運んできてくださればいいのに。
…。
欲しいですわ、薪小屋。
天候に左右されて好きな時に火を使えないなんて、ナーロッパの進んだ文明からは程遠いんですもの。
小屋…お待ちくださいまし。
わたくし、前に建物を作ったのですわ。
あれを再び作れば…!」
隕石の衝突の振動で倒れてしまった『家』を思い出す。
「… … …おっほん。
あれはプロトタイプでございますの。
試作品ですから。
小屋未満の何かですわ。
第一、寝たら足がはみ出していましたものね。
もっとちゃんとした家っぽいものを作れるはず…考えましょう…家…作り方…」
小一時間考えたが、こちらもクッションボアの討伐と同じで、知識が無さ過ぎて全くアイディアがでてこない。
「…小屋や家を作るのはいったん置いておいて、とりあえず火を起こす分の木が雨に濡れないように、今後は洞窟の中で保管することとしましょう。」
妥協案だが、一応の問題解決である。
――――――――――
ローズは山ヒトデ達を集め、2色ターニップの種をまくべく、畑づくりを計画していた。
「それではさっそく、畑を作りましょう。
わたくしが生まれ育ったナーロッパは大変発展した世界でしたの。
『畑』というものが存在しており、食物を育てる専用の場所で…」
農業は人類の文明を転換させる大きな発明だったとされている。
世界中の多くの地域で農業は発見、発明、伝播された。
実は、一見すると採集と農業は真逆の行為に思えるが、意図的に次の採集の事を考える採集はほぼ農業で、2つの関係はグラデーションなのだ。
具体的には、採集をする集団には、『採り尽くしてはいけない』というルールが存在することが多い。
キノコでも、山菜でも、僅かに残しておかなければ次に生えてこなくなるからだ。
邪魔な植物を取り除き、採取する食材の周りを手入れすることもある。
でも採集ってギャンブルみたいなものでしょう?というイメージを持っている人もいるかもしれないが、実際はこの季節にはあの山菜、夏の雨後にはあの場所にキノコ、秋には…というように、自然の観察と場所の記憶でかなり正確に食料にありつけたらしい。
採集と農業のグラデーションの話といえば、青森県の三内丸山遺跡を思い出す人も多いかもしれない。
集落が大きくなるにつれ、多様な木が生える自然林が、栗・クルミなど人間にとって有用な木に置き換わっていったそうだが、意図的に管理し出した時、誰もそれが農業の発明だとは気付かなかっただろう。
(もちろんこれは推測で、自分たちの計画性の凄さと実行力に感動していた可能性もあるが…)
「まず水路を作りましょう。
いい場所があるのですわ♪」
ローズは3体の山ヒトデを引き連れて、小高い山を目指し歩いた。
目的地は山のふもと近くの川である。
スコップでザクザクと地面を刺していく。
「掘ってほしい場所に目印を付けました。
大変だとは思うのですが、水路を掘るのをお願いできますでしょうか?
わたくしは種を手に入れてきますわ。
よろしくて?」
山ヒトデ達はいつものようにうなずく。
「できれば休まずに働いてくださいな♪」
それには首を振る。
「(チッ!)
オホホ、貴族ジョークでしてよ!」




