30話 ミッション カゴを作る-2
仲良く遊ぶ山ヒトデ2体とブリリアントに背を向け、ローズは考えた。
「(これから先も、山ヒトデ召喚の特別イベントがあるかもしれませんわ。
今はお行儀よく振舞っていらっしゃいますが、3体、4体と増えてくれば、わたくしに牙をむく可能性も…)」
暗黒顔で振り向き、ブリリアントをサッと抱き上げた。
トコトコと小さな足で追いかけてくる山ヒトデが追い付けないスピードで移動する。
「ブリリアントさん、あなた、わたくしと山ヒトデさん、どちらの派閥に所属していらっしゃるの!?」
悪役令嬢名物、派閥争いである。
当然ブリリアントは理解できず「キャウ?」と首をかしげるだけだ。
「今は大人しくても、集団になれば下剋上を狙ってくるかもしれませんわ。
平民とはそういうものですもの。
ああイヤらしい!」
「キャウ?」
「フフ…ブリリアントさん、あなたってば、もう懐柔されてしまいましたの?
山ヒトデさん達ときたら、一言もしゃべれないくせに根回しがお上手でございますのね」
「キャウ…?」
ブリリアントの困惑が深まる。
「いいこと?
わたくし側についた方が身のためですわ。
もうあの山ヒトデさん達とはお関わり合いにならないほうがよろしくてよ?
あなたがわたくしに尽くせば、わたくしもあなたに一目置いて差し上げます。
わたくしにお友達として認められること以上の光栄はございませんでしょう?
ああ、このローズ・マクダナルがマクダナル公爵家の長女だという事をお伝えし忘れていたかしら?」
暗く濁った目をしているローズは、そっと切り株のそばにブリリアントを降ろした。
「身の置き方ひとつでブリリアントさんの今後が決まるのですから、慎重にご決断くださいませ!」
「キ、キャウ…?」
ローズは再び腕を組み、ゆっくりと歩きだす。
「(オホホ…そうですわ。
わたくしが先にこの箱庭世界に来ていたのですから、食べ物だって独占する権利があるはずです。
憎たらしい事にあの山ヒトデさん、わたくしと同じ食べ物を食べるんですもの…ナッツだって今は豊富にありますが、やがて秋や冬が来るなら、蓄えておかねばなりません。
その時に戦う事になっても、体格差と数の差ではどちらが有利かわかりませんし…)」
彼女の中で、結論が出た。
「(2体の山ヒトデを、倒しましょう)」
その時。
偶然にも、伐採せずに育てている大きなナッツの木の前に来ていた。
以前作った木の板が掛かっている。
「ハッ…!」
息をのんだ。
『他人に危害を加えないこと』
『文明レベルを進めること』
「あ、ああ…!
なんということでしょう…!!!!」
自分で自分に向けたメッセージが刻まれている。
「た、他人に危害を加えないこと…そんな…いえ、わたくしが犯した過ちの中で、最も大きなものですわ」
ローズの目から涙があふれた。
「わたくし、また同じ間違いをしてしまうところでしたの…なんというおバカさん…グスッ」
小さく震え、涙を指で拭う。
「他人に危害を加えないこと…そうです、そうですわ。
向こうが危害を加えてきたわけではございませんのに、私ったら、自分のことしか考えずに…なぜ食べ物に執着していたのでしょう。
確かにこの世界では食料は貴重です。
しかし、飢えているという程ではないのですわ。
わたくしやブリリアントさんと同じ『命』なのですから、もっと大切にしなければいけません…」
ピロン♪ Lv.2 平常心 → Lv.3 平常心
食べ物を独占したいというのは、生物の本能だ。
ローズはそれに打ち勝ち、仲間を手に入れた。
数分後。
ショックから立ち直ったローズは、ブリリアントを探していた。
「ごめんなさい、ブリリアントさん、山ヒトデさん達…」
召喚像の前にいない。
「あらっ、どこへ行ってしまったのでしょうか?」
洞窟の前にもいない。
「…海の方でしょうか?」
狭い箱庭世界。
居る場所は限られてくる。
海へ向かって小走りで移動すると、「キャウ!」という聞き慣れた声が、魔物の森の方向から聞こえてきた。
「!?
今のはブリリアントさんの声?!
どうされました~?!」
魔物の森へ走ると、そこには倒したはずのスライムがいた。
そしてブリリアントを守るように2体の山ヒトデが立っている。
スライムが跳ね、彼らを踏み潰そうとする。
「危ない!」
ローズは叫んだ。
間一髪、2体の山ヒトデがブリリアントをぎゅっと押し、スライムの体当たりを避けた。
しかしその代わりに、山ヒトデ達がスライムの攻撃を食らってしまったようだ。
スライムと同じぐらいの大きさしかない山ヒトデは、かなりダメージを受けてしまったのか、痛そうによろめく。
「コラーーーーっ!!!」
げいん!
ローズの必殺キックが決まり、スライムが蹴り飛ばされた。
「逃げますわよ~~~~っ!!!」
右手にヒトデ2体、左手にブリリアントを抱え、重さでよたよた歩きではあるが、なんとかそこから移動した。
腕にぬめっとしたものを感じ、慌てた。
「まさか…山ヒトデさん達、スライムの溶解液をかけられてしまったのですか!?
大変ですわ~!!
川へ急ぎましょう!」
ぐったりとしている山ヒトデを川の流水につけ、丁寧に体を洗った。
「ブリリアントさんには全く溶解液がかかっておりませんわ…山ヒトデさん、あなた達が守ってくださったのですか?」
「キャウ!
キャウ!!」
ブリリアントも目に涙を浮かべ、山ヒトデを心配そうに見ている。
「…なんということでしょう…こんな優しい生き物を…わたくし…わたくし…!」
ギュっと手を握る。
出来る限り優しく、山ヒトデを草原に寝かせた。
ダメージを負ってはいるが、なんとか無事だったようだ。
「…今、ナッツやベリーを持ってまいります。
ここで休んでいてください」
ショックだった。
自分が殺してしまおうと考えていた生き物が、友達のブリリアントを守っていたのだ。
「わたくしのミスですわ。
モンスターは倒しても倒しても、また湧いて出てくるのがナーロッパの常というものです。
配慮が至らず、ブリリアントさん達を危険に晒してしまいましたわ。
もっとよく考えていれば、魔物の森は毎日見回りをしたほうがいいと思いつけましたのに…」
持ってきた食料を山ヒトデに与えると、少しずつ食べだした。
ホッとする。
「あなた方がいなければ、今頃ブリリアントさんは大変な目に合っていたでしょう。
わたくしローズ・マクダナル、お2人にお礼を申し上げますわ」
ブリリアントも、ありがとう!と言うように力強く鳴く。
山ヒトデ達は互いの顔を見合って、少し笑った。




