29話 ミッション カゴを作る
ローズが移動すると、山ヒトデも後ろからトコトコとついてきた。
万が一、昼間は温厚だが夕方や夜に狂暴化するモンスターだった時に備え、スピアを持ち歩く。
「山ヒトデさん、あなたはヒトデなのですから、海で生活されるのでしょう?
連れていって差し上げますわ。
いい機会ですから、そろそろわたくしも泳げるように練習しませんと。
というか、よろしければ泳ぎ方を教えてくださりません?」
山ヒトデは「?」という顔をした。
塩の匂いとベタ付く風が生暖かい海岸へ着く。
作ったばかりのショートパンツを脱いでいつもの裸一貫悪役令嬢スタイルになったローズは、ザブザブと海へ入っていく。
「実際、水着は下着みたいなものですわ、オホホ…!」
護身のためにスピアは持ったままだ。
「まだまだ小さい海だと思っていましたが、少し進むとかなり深くなっておりますわね…って、あらっ?」
振り返って砂浜を見ると、寄せては返す波に怯えている山ヒトデがいた。
「あなた、もしかして泳げませんの?」
山ヒトデはコクコクとうなづく。
「(ヒトデぶっておいて…使えませんわね!)」
独白に性格の悪さがにじみ出る。
ローズはため息をつき、覚悟を決めてザブザブと歩みを進めた。
教えてくれる人がいなくても、泳ぎの練習の必要があることは疑いようがない。
海が大きくなれば、渡る手段はいまの所水泳しかないのだ。
ぷか、とスピアが浮かぶ。
「あらっ、木って水に浮きますのね、存じ上げませんでしたわ」
海水が肩まで来る場所で、ハッ!とローズは水底を蹴り、泳ぎだした。
ばちゃばちゃばちゃばちゃ…
ばちゃばちゃばちゃばちゃ…
ばちゃばちゃばちゃばちゃ…
頭を海面に出し、左手にスピアを持ったまま、右手と両足をバタバタ水中で回転させる。
これは犬かきと呼ばれる泳法で、哺乳類が水中で行う自然な動作だ。
よく『泳げない』という人がいるが、それはあくまでクロールやバタフライなど習得する必要がある泳法で浮けないというだけで、犬かきは割と誰でもできる。
恥ずかしくてやったことがない人が殆どだろうが、想像していたより簡単に浮けるのでぜひプールなどで挑戦してみてほしい。
コツは水中で交互に手足を動かし、水を掻くことだ。
ローズは左手に浮力のあるスピアを持ち、さらに海水には塩分が含まれているため、真水よりも浮きやすい環境で、すぐに犬かきを成功させることができた。
ちなみに中東にある死海という湖は塩分濃度が約30パーセントもあり、人間はプカプカと浮いてしまう。
「わ、わたくしっ…!」
ばちゃばちゃばちゃばちゃ…
「結構泳げますこと~!?」
ばちゃばちゃばちゃばちゃ…
ピロン♪ スキル Lv.1 スイミング
犬かきのメリットは顔が出ていて、意思疎通できることだ。
浜辺で見守る山ヒトデが嬉しそうにブンブン手を振った。
ローズも手を振り返そうとしたが…海水から手を出した瞬間、ブクブクと沈んでしまった。
――――――――――
「これ?
これは貝の砂抜きをしておりますの」
山ヒトデは興味深そうにローズのやることを見ている。
「明日の朝、煮て食べるのですわ。
…ところで、山ヒトデさんの食べ物は何でしょうか?
草だと嬉しいのですが…?」
半ば”草でも食ってろ”という発言なのだが、山ヒトデは手らしき部分で、ちょいちょい、とトレーを指した。
「このトレーは木でできておりますの…。
木をめしあがる?」
山ヒトデは体をブルンブルンと震わせた。
――――――――――
箱庭世界15日目の朝。
以前作った石の鍋に水を入れ沸騰させ、貝を1枚入れた。
グツグツと煮える間にナッツを食べる…ローズの足を、山ヒトデがつつく。
「…もしかして、欲しいのでしょうか?」
コクコクとうなづくので新しいナッツを与えてみると、体の中央にある口(?)らしき場所でコリコリと食べだした。
「まぁっ…!
山ヒトデさんは、わたくしと同じ食べ物を食べるのですわね」
ローズの顔が少し曇る。
茹で上がって開いた貝が冷めるまで待ち、山ヒトデに与えてみると…やはり食べた。
ローズは急いでベリーの木へ向かい、ベリーをもぐ。
リンゴも1つもいで、ナイフで半分にして…今回は忘れずにすぐ用水路で洗い、乾燥するように切り株に置いた。
山ヒトデはベリーとリンゴも美味しそうに食べる。
「そ、そんな…」
動物が争う理由は、大きく分けて3つある。
1つは、そもそも捕食と被食の関係にある生き物。
食べる側は必死に捕まえようとするし、食べられる側は毒を持ったり、殻やトゲを持ったり、素早く逃げたりして抵抗する。
1つは、同じ種同士で繁殖をかけて争う。
最後の1つは…
「オホホッ…山ヒトデさんと、わたくし、食べ物が一緒なのですわね…」
食べ物をめぐっての争いである。
同種間でも異種間でも、食性が同じで飢えているなら、争うしかない。
野生動物が縄張りを持つもの、食料をめぐって戦わないようにするというのが理由の一つだ。
「…ステータスオープン、ですわ」
Lv.13 箱庭世界
スキル Lv.2 木工職人 Lv.3 高笑い
Lv.3 土木工事 Lv.3 ガーデニング
Lv.2 暗闇耐性 Lv.4 石材加工
Lv.3 観察眼 Lv.3 火起こし
Lv.1 ダンス Lv.2 平常心
Lv.1 アックス初心者 Lv.1 ハンマー初心者
Lv.2 スピア初心者 Lv.2 ジャベリン初心者
Lv.1 骨角器加工 Lv.1 芸術愛好家
Lv.1 スイミング
ミッション カゴを作る
ボーナス ブループリント:カゴの設計図
特別イベント 山ヒトデ召喚2
ローズの顔がさらに曇った。
「この特別イベントの山ヒトデ召喚2というのは…もちろん決めつけるのは良くないですわ。
山ヒトデさんの形に作られた砂糖菓子が頂ける可能性がゼロじゃありませんもの。
しかし、もう1体の山ヒトデさんがこの世界にやってくると考えたほうが…普通ですわね」
ただでさえひもじい暮らし。
食べ物を分け合いたくないというのが本音だ。
ナッツを丸々ひとつ食べ、貝、ベリー、リンゴを平らげて満足そうにしているところを見ると、体長は50cmぐらいしかないにも関わらず、ローズと同じだけ食料が必要らしい。
「…悩んでいても始まりませんわ。
朝のルーティンは一旦置いといて…、特別イベントをやってしまいましょう」
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虹色に光る山ヒトデ召喚像から、2体目の山ヒトデが現れた。
1体目は青かったが、2体目はオレンジだ。
ローズはオレンジの山ヒトデを抱き上げた。
「ようこそ…山ヒトデさん」
体を触られた山ヒトデは、くすぐったそうに手足をバタつかせた。
新しく表れたオレンジヒトデは、ブリリアントと1体目の青ヒトデとすぐに打ち解け、走り回っている。
ローズは腕を組み、目を細くして悪役令嬢顔でそれを眺めた。
「(1体目と同じで、体は柔らかくってよ。
これならスピアで突けば簡単に倒せそうですわね)」




