28話 ミッション 山ヒトデ召喚の像を作る:彫刻
箱庭世界に来て14日目の朝を迎えたローズは、前日の夕方に砂抜きしておいた貝をさっそく焼いていた。
「灰だらけにならないように工夫いたしませんと」
スポット2枚貝と同じぐらいの石を薄く、浅いすり鉢状に加工して、そこに貝を乗せる。
組んでおいた枝の上に乗せ、火をつける。
「直接火に放り込むよりは美味しく焼けるはずですわ」
火が消えたら、さわれる熱さになるまで待ち、恐る恐る食べてみる。
「…!
灰っぽくありませんし、砂っぽくもありませんわ。
ただ焼きすぎたのか、殻はパリパリと崩れ、身もカサカサですわね。
ああ、お屋敷のシェフ達は貝を茹でていたのかもしれませんわ。
明日はお湯で茹でてみましょう」
料理も生活も試行錯誤である。
おなかが満たされたところで、朝のルーティンを開始した。
昨日ベリーとリンゴの木を大量に植えてしまったため、水やりだけで相当な時間がかかる。
「ふぅ、本当に、どなたかに手伝っていただきたいですわっ!」
「キャウ?」
偶然そばにいたブリリアントが首をかしげる。
「あら、ブリリアントさんは隣にいてくださるだけでいいのですわ。
わたくしのように両手を使えませんと、お手伝いもままなりませんものね」
そんなことを言いながらルーティンを終え、ステータスウィンドウを再確認する。
ミッション 山ヒトデ召喚の像を作る:彫刻
ボーナス ブループリント:山ヒトデ召喚の像
特別イベント 山ヒトデ召喚
「とりあえず、ブループリントを頂きましょう」
ウィンドウをタップすると、ぼわっとブループリントが空中に現れた。
さっとキャッチして、慣れた手つきで広げる。
「ふむふむ…底面、正面、側面と3方向からの設計図、わかりやすいですわ」
自分のスキルとにらめっこしながら、一番うまくいきそうな計画を立てる。
「彫刻と言えば、わたくし石彫りが得意でしてよ。
ですがこの世界にはノミもハンマーもございませんこと…そういえば、ノミもハンマーも金属でできていた気がいたしますわ。
きっと硬い石を彫るとなると、金属でなければ素材として負けてしまうからなのでしょう。
…わかりました。
今回は芸術性より確実に成功させることに重きを置きますわ。
彫刻の素材は木にいたしましょう。
Lv.4 石材加工のスキルもなかなかですが、Lv.2 木工職人のスキルの方が器用に物を作ることが出来ますし、今回は妥協して差し上げますわ。
そもそも、石は重くて一人では持ち運びができませんし…」
植えて9日目の木を切り倒す。
木の実をしっかりと回収し、余裕を持った長さに切る。
ゴロゴロと転がして植林ゾーンから少し離れた草原に来た。
「重いっ…ですがっ…それでもなんとか、木は転がせるから楽なのですわ。
これが石なら、移動もできませんことよ」
スコップを手に、Lv.3 土木工事スキルを遺憾なく発揮し、すり鉢状に穴を掘る。
転がして木材をその穴に入れ、今度は少しずつ土を盛っていく。
土を盛った場所に木材を転がし、隣に土を盛り、土を盛った場所に木材を転がし、隣に土を盛り、土を盛った場所に木材を転がし、隣に土を盛り…何度も繰り返すうちに木は直立した。
木が埋められた場所は小さな丘のようになった。
「さぁ、ここからが芸術タイムですわ!」
Lv.2 木工職人のスキルでズバッズバッと木の皮を剥ぎ、ガンガン削っていく。
「オーーーッホッホッホッホ!!!!」
木の削りカスが舞い、悪役令嬢の高笑いが響く。
ズバッズバッズバッズバッ…
――――――――――
数時間後。
「ハァ、ハァ…これでいいはず、上に厚みのある星形の像、下は長方形の土台…。
完成…致しましたわっ!!!!」
ピロン♪ ミッションクリア 山ヒトデ召喚の像を作る:彫刻
ピロン♪ スキル Lv.1 芸術愛好家
ピロン♪ Lv.2 木工職人 → Lv.3 木工職人
緊張の糸が切れたのか、ローズはふらつき、座り込んだ。
木材の破片や木くずが太ももに刺さり、慌てて立ち上がり木のゴミを払いのける。
「キャーッ!
い、イスが必要ですわね!
オホホ!」
山ヒトデ召喚の像の周りだけではない。
この箱庭世界のあちこちに、使い終わったブループリントや、食べ終わった貝の殻、木の枝などの不要物が散乱していた。
しかしローズは貴族ゆえに、ゴミを捨てるという概念を持っておらず、それが後々彼女を苦しめることになる。
集中したことで空腹を感じたローズはベリーやナッツで腹ごしらえした。
休憩中、明るく光るステータスウィンドウと向かい合う。
「特別イベント 山ヒトデ召喚…ミッションをクリアしても箱庭世界がレベルアップしないということは、このイベントをこなさなければならない、という事ですわ…」
彼女の脳内に、”特別イベント 隕石の落下”の惨状が浮かんだ。
「と、とりあえず、ブリリアントさんをお傍に置いておきましょう。
あと山ヒトデがモンスターだった時のために、ジャベリンとスピアも用意しておきませんと」
備えあれば患いなし。
1時間後、準備万端になったローズはブリリアントを抱えながら、光るウィンドウをタップした。
山ヒトデ召喚の像が虹色に光る。
どこかからかドラムロールも聞こえる。
ソシャゲのガチャの演出を彷彿とさせる演出だ。
ダラララララララララララ… … …ジャン!
ぼわっと現れたのは、星形で2足歩行、体の中心に丸い目玉が2つついている、謎の生き物である。
ローズはブリリアントをそっと芝生に降ろし、スピアを構えた。
謎の生き物は片手をあげ、ふりふりと左右に振った。
「…」
彼女も無言のまま手をお上品に振り返す。
肘から先しか動かない、ロイヤルお手振りである。
「…」
「…」
お互い無言のまま手を振っている。
「あ、あのあなた、もしかして、山ヒトデさん?」
謎の生物がコクコクとうなずいた。
「は、初めまして、わたくしマクダナル公爵家が令嬢、ローズ・マクダナルと申し…ま…ハッ!
カーテシーが出来ませんわ!」
なにせドレスを着ていない。
「そ、そんな…っ!
ナーロッパが舞台の物語でカーテシーができない悪役令嬢など悪役令嬢ではないですわ~!!
というかブラとアンダーパンツしか身に着けていないのは、冷静に考えるとあり得ません!
わたくしは何故このような格好を許容していたのでしょうか?
恥ずかしい限りですわ。
…しかしどうすればよいのでしょう、ドレスは寝る時のシーツ代わりにしてしまっているし」
うろたえる彼女の隣ではブリリアントと山ヒトデが仲良しになっていた。
ローズはダッシュで洞窟へ向かい、数日前にブリリアントが脱皮した毛皮を手に、切り株へ向かった。
リンゴを切りっぱなし、置きっぱなしにしていたのでベタついているナイフを用水路で洗い、切り株に置いた毛皮に押し付けて切る。
毛皮の上にある頭と両手の部分、下にあるしっぽと両足の部分を切り落とした。
筒状になったピンクの毛皮。
足を入れ、腰まで持ち上げてみると…
「ちょ、ちょっっっと丈が短すぎるスカートの完成…?
いえ、お待ちくださいまし!
流石にこれは…針と糸…針と糸が欲しいのですわ!
針と糸、針と糸… … …」
考える。
今朝、焼いてパリパリになった貝の破片を思い出した。
「そうですわ、わたくし骨角器加工のスキルを手に入れたばかりなのです。
貝で針を作りましょう」
パリン、パリンと貝を砕き、先端が細くなった破片に穴を開ける。
「ロープ草の繊維は縦にスーッと裂けるのですわ。
緊急事態ですもの、仕方がありません。
本物の糸ではありませんが、ロープ草を細く裂いたものを糸の代わりといたしましょう」
こうして股の部分が縫われ、ピンクのショートパンツが完成した。
「完成しました!
これぞ服ですわ!」
ピロン♪ アチーブメント 『衣食住』
「…って、上半身はブラジャーのままですわーーーー!!!」
山ヒトデと仲良く追いかけっこをしてるブリリアントに向かって、ローズは「また脱皮しませんことー?ブリリアントさーん!」と叫んだ。




