25話 ミッション 貝を焼く
「う~ん!ブリリアントさん、おはようございます!」
伸びをして、ブリリアントに朝の挨拶をする。
「ふぅ、毎日これだけの木に水をやるのは大変ですわ。
どなたかがこの箱庭世界にやって来て、わたくしの仕事を手伝ってくだされば嬉しいのですが…」
それでもしっかりとルーティンをこなし、13日目の傷を洞窟の壁に刻む。
「今日はさっそく貝を焼きたいのですわ。
どうやらまたブループリントが頂けるようなのです」
光る文字をタップすると、砂抜きに使う道具、砂抜きの方法が書かれた青い紙がボワッとでてきた。
「ふむふむ…深さのある容器に貝と海水を入れれば良いだけなのですわ。
オホホ、簡単すぎやしませんこと?
さっそく木材を使って道具を作りましょう」
貝の砂抜きにあると便利なのは、四角ければバット、トレー、丸ければタライと呼ばれる容器だ。
現代では金属やプラスチックで作られることが多い。
ローズは木から長方形のトレーを彫り出した。
トレーを持ちながら海へ向かう途中、昨日勝利を治めた地、魔物の森へ寄った。
「スライムさん…は、いませんわね。
なんてったって、わたくしが討伐いたしましたもの!
オホホホホホッ♪
あらっ?
これはスライムさんの抜け殻…でしょうか?
何かに使えそうなので頂いておきますわ、ごめんあそばせ」
スライムの中身の液体が抜けきった、透明な皮が地面に落ちていたので拾う。
投げたジャベリン、スピアも回収し、海へ向かった。
ザザーン…ザザーン…
波の音が心地よく、潮風が鼻に入ってくる。
「箱庭世界のレベルアップごとに大きくなっていると気付いてはおりましたが…あらためて見ると『海!』という感じになってきましたわ…オホホ…。
まだ広いだけで、深くなさそうなのが幸いです。
だってわたくし…泳げませんもの~~~っっっ!」
寄せては引く波を見ながら考える。
「このまま海の面積が広がれば、この丸い世界を二等分、三等分に分ける日がやって来るのでしょうか?
不安ですわ…」
顔をフルフルと左右に振り、貝を探すことに集中しようと決めた。
スピアとジャベリンを砂にザクッと刺し、トレーを海砂の上に置く。
ゆっくりと波打ち際に向かい、靴を脱いで素足を海水に足を浸けてみた。
「よかった、温かいですわ。
そういえば、この箱庭世界に来たばかりの頃より、少し気温が上がっているような気がいたします。
もしかしたら今は夏で、秋、冬、春と、わたくしが住んでいたナーロッパのように四季が巡るのかもしれません…わ…ね………!?!?秋!?冬!?」
最悪な可能性に気付いてしまった。
「…着る物も、きちんとしたお家もないのに、このまま冬なんか来たら死んでしまいますわ~!?!?!?
どうかこの過ごしやすい季節が続きますように…」
ローズは胸の前で手を合わせた。
「さぁ、気を取り直して貝を探しましょう…おっと!」
浅瀬で数歩進むと、すぐに足先に異物を感じた。
しゃがんで海水に手を入れると、白色に黒の斑点がついた、ダルメシアンのような模様の二枚貝が採れた。
「これは…きっと『スポット2枚貝』ですわね。
ウィンドウさんのマテリアル一覧によると、もう一種類あるはずです」
ザブザブと水しぶきを立てながら、適当に歩き回ってみる。
すると…
「キャッ!
痛たっ…ご、ございましたわっ!」
足裏が多少のダメージを負ったが、グレーとピンクの縦じまが可愛らしい巻貝を見つけた。
「こちらは『ストライプ巻貝』と考えてよさそうですわね。
オホホ、さっそく”砂抜き”というものをいたしましょう」
ローズは採った貝をポイポイッと砂浜に投げ、代わりにトレーを持った。
ブループリントの指示に従い、砂が入らないように海水だけをすくう。
「ここに先程見つけた貝を入れまして、後は上を何かで覆って、暗くしたまま6時間ほど待てばよいのですわ。
トレーを覆えるフタを作ってきましょう!」
ローズはダッシュで木の板を切り出してきて、トレーの上に置いた。
「風でフタが飛ばないようにいたしませんと…そうですわ!」
スライムの亡骸…と言うと印象が悪いが、スライムの皮に砂を詰め、フタの上にズシッと置いた。
「完璧ですわ~!
後は6時間待つだけ…って6時間!?
オホホ、時計のないこの世界で、6時間をどうやって計ればよいのでしょうか… … …?」
脳内のロウソクにパッと灯りがともる。
「適当にブラブラしていれば過ぎますわ♪」
砂に刺してあったジャベリンがそうじゃないだろ!と言わんばかりパタッと倒れた。
――――――――――
「先程、トレーのフタを作っていて閃きましたの。
紙とペンが無くても、わたくしの考えをアウトプットする手段がありましてよ!」
ローズは木の板をもう一枚切り出した。
「これ!
この木の板に大切なことを刻めばよいのですわ~!
洞窟の壁と違って持ち運び可能でしてよ♪」
木板、石板は古代から現代まで伝わる情報出力先である。
木板に彫られた文字は店の看板、絵は日本家屋の障子の上にある「欄間」という飾りとして今でも頻繁に目にする。
文字が彫られた石も、記念碑、墓石など身近に存在する。
ちなみに世界で一番有名な『文字が彫られた石』は、間違いなくロゼッタストーンだろう。
「では、何を刻みましょうか…やはり魔物の森の近くに『危険!立ち入り禁止!』と看板を立て…ちょっとお待ちくださいまし、ブリリアントさんは文字が読めるかどうかわかりませんわ。
それに読めたとしても、ブリリアントさんは賢いですからそもそも魔物の森近くに立ち寄りませんことよ。
…というか『他人』がいないのですから、他人に向けた文章を残す必要がありませんわ。
とすれば…」
頬に両手を当てる。
「…わたくしが刻むべきは、わたくしに向けたメッセージなのですわ」
木板に教訓、そして目標をゆっくりと刻む。
「わたくし悪役令嬢ローズ・マクダナルは、人に危害を加え続け、ここに送られました。
人を傷つけてはいけません。
他人を害するような発想になった時は…別の方法で問題解決を図るべきなのですわ」
木工職人のスキルを使い、一文字一文字彫っていく。
「そしてわたくしは、この世界で頑張って生きて、元いた場所と同じレベルの文明を手に入れることを、目標といたします」
2つの書きたかったことを木板に刻み、左上と右上に穴を開けた。
ちぎったロープ草を通し、大きく成長したナッツの木にひっかける。
「ええ、これでよろしいですわね、ちょうど目線ぐらいの高さなのですわ!」
他人に危害を加えないこと。
文明レベルを進めること。
「細かい教訓や目標は色々ありますでしょう…しかし、わたくしの心にいつもあるべき大きな指針は、この2つなのですわ。
あらためて文字にして、それを見る事ができて嬉しいのです。
やる気もみなぎるというものですわっ!」
ローズは両手を空に伸ばし、胸いっぱいに深呼吸した。




