21話 ミッション スライム討伐
日が傾いてきた空の下、ローズはLv.3 観察眼スキルを使い、駆け足でモンスターを探していた。
「スライムといえば、冒険者ではない一般人でも倒せる最下級のモンスターですの。
きちんと装備をそろえて、武器を持てば、わたくしでも退治できるはず…ですわ」
自信がないが、やるしかない。
「ハッ!
見つけましたわ!
きっと絶対必ずここにスライムがスポーンする、という雰囲気の土地っ…!」
Lv.11になり、また一回り大きくなった箱庭世界に、小さな沼地のような場所が誕生していた。
「(あまり近づかず、こっそり離れて観察いたしましょう)」
沼の水は緑色に濁っており、不気味だ。
沼地の周囲には、幹がねじれた背の低い木が何十本も生えている。
生えている草すら紫や黄色といったおどろおどろしい色で、空気も淀んでいるように感じられた。
そして案の定ー…
ぼよ、ぼよん、ぼよっ、ぼよん
「(いましたわっ…!)」
叫びたくなるのを我慢し、声を出さず、遠目での観察を続ける。
透明で、ぼよんぼよんと跳ねている、枕ぐらいの大きさのモンスター。
「(スライム…確か、中が粘液で満たされていて、分厚い皮?のようなものに覆われている魔物なのですわ)」
スライムは目が悪いのだろうか、彼女に気付くことなく、沼地の周りをぼよぼよと跳ねまわっている。
「(落ち着くのです、ローズ・マクダナル)」
そっと、物音を立てないように動き、そこから離れた。
「(まず、落ちつきましょう…いつものルーティンを乱さず…川へ戻り、一旦体を流し、木の実を食べませんと)」
以前の彼女なら大慌てで逃げ出していただろうが、モンスターを刺激しない行動を選べるまでに成長したのだ。
ピロン♪ スキル Lv.1 平常心
夕暮れの中、冷たい川に浸かる。
水の流れが心地よい。
「あのスライムは、どうやらわたくしのヒザあたりまでジャンプできるみたいですわ。
わたくしが体当たりされても、それほどダメージを負わないでしょうが、もしブリリアントさんが体当たりされるようなことがあれば…踏み潰されてしまうかもしれません」
水から上がり、ブリリアントを探すと、川のすぐそばまで寄ってきてくれていた。
抱き上げ、ぎゅっとハグする。
「今から武器を作ると、真っ暗になってしまいますわね…。
ハッ、そうですわ~!
明かりを確保すればよいのですわ。
夜を安全に過ごすためにも、今晩は火を焚いて寝ましょう。
たいていのモンスターや野生動物は、火を恐れ遠ざかると聞いたことがありますのよ」
以前たき火した、砂と石の場所に移動する。
走って木の枝を運び、木工職人のスキルでバラバラにし、前回の焚き火後の黒っぽい炭や灰が残る所に置いた。
火起こしのスキルで火をつける。
心なしか、前回よりも早く楽に火が回り、どんどん大きなたき火になっていく。
「これで一安心、ですわ。
ゆっくりとお眠りなさいませ、ブリリアントさん」
「キャウ」
ブリリアントはどこでも寝られるらしく、小石や砂の上でも難なく眠ってしまった。
ローズはパチパチと火の燃える様子を見ながら、追加する木の枝を切ったり、自分が眠る場所の小石をよけて、砂だけにする作業をしていた。
手を動かしながら、同時に考える。
「この辺りは乾燥しておりますので、沼地でスポーンしたスライムはきっと近づいてこないことでしょう…そう思いたいのですわ」
木の枝をポイっと火に投げ入れた。
パチッと、木の中に残る水が水蒸気になって爆ぜる音が、心を落ち着かせてくれる。
「…攻撃と言えば…アックス、ハンマーですわ」
悪役令嬢の本領発揮である。
近くにあった石を、アックス、つまり斧の形に石材加工のスキルで削った。
片側を刃物のように薄く、大きく。
もう片側は控えめな形にし、木工職人のスキルでU字のくぼみを削った太い木の枝に、ガッと差し込む。
ぴったりはまった。
「…わたくし、武器作りの才能がありますこと?」
続いてハンマーづくり。
大きめの石を、片手で持ち上がる重さか確認して、円柱形に整える。
先に太い木の枝を用意しておき、石の中央に、その枝が入るように穴を開ける。
枝が石にすぽっと差し込まれた。
テンションが上がったローズは、長い枝に火を移し、燃える枝で周囲や足元を照らしながら、ロープ草が生えている場所まで行きついた。
ぶちぶちぶちぶちとロープ草を確保し、焚き火のそばに帰ると、すぐにアックス、ハンマーの仕上げに取り掛かった。
石と木がずれないよう、ばってんの形にぐるぐる巻きつける。
完成した武器を両手に掲げ、暗闇に叫んだ。
「みなぎる悪意!!
悪役令嬢ローズ・マクダナル、いざ参りますわ~!!」
ブンブンと手作りアックス、手作りハンマーを振り回す。
ピロン♪ Lv.1 アックス初心者
ピロン♪ Lv.1 ハンマー初心者
お気づきの方もいらっしゃるだろう。
普通、利き手でないほうにシールド、つまり盾を装備するのが通常の発想だ。
しかし彼女は、両手を武器で埋めるという戦闘狂スタイルを自然に選んでしまった。
「わたくしは…モンスターにおびえてビクビク暮らすなんて、まっぴらごめんでしてよ!」
朝から家を作っていたため、体は疲れてヘトヘトだ。
しかし、自律神経は緊張状態になり、脳内でアドレナリンが分泌され、なかなか眠たくならない。
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「あ、朝日ですわ…」
太陽の光に照らされた彼女の目の下には、一睡もできませんでしたというようなクマができている。
決戦の日、コンディション調整に失敗した悪役令嬢の運命は果たして。




