2話 ミッション 水を飲む
翌朝。
起きたばかりの彼女の目の前に、ウィンドウが表示されている。
「ふぁぁ…おはようございます…。
あらっ、ミッションクリア?
確かにわたくし、眠りましたものね。
ならもう一つの『水を飲む』をどうにかしませんと…」
ローズはゴクッとノドを鳴らしながら、小さな池を見た。
近寄ってしゃがみ、水面をのぞくと、今日もフカフカの金髪縦ロールが美しく輝いている。
ブラウンの肌にはキラキラと艶があるが、いかにも疲れた表情をしていた。
「ああっ、ノドが渇きましたわ…!
でも…こんな、地面にある水を…飲みたくありませんことよ…ウッ、ウッウッ…」
小一時間泣き続けたが、ノドの渇きは悪化するばかりだ。
ローズは決心して顔を上げ、両手を水の中に恐る恐るつける。
指先がちゃぷ、と水に濡れ、冷たさが伝わってきた。
「ああ、冷たくて気持ちいいですわ」
覚悟を決め、そのまま水をすくい上げ、口元に運ぶ。
両手はブルブルと震えているが、何とかくちびるをつけて水を吸う事ができた。
こんな水の飲み方をしたのはもちろん初めてである。
ピロン♪ ミッションクリア 水を飲む
すると…。
グラグラグラグラ… … …
「な、なんですの!?
地震っ!?」
球体がグラグラ揺れ出し、むにゅっと大きくなった。
ウィンドウの表示は
Lv.2 箱庭世界
スキル Lv.1 木材加工
と変化している。
「これは…箱庭のレベルが1から2になり、世界も大きくなった、というコトでしょうか?
『スキル Lv.1 木材加工』とは…?」
ローズはハッとし、目の前の水に再び両手を差し入れた。
「今は…ゴクゴク…そんなことより、ノドの渇きをっ…ゴクゴク…癒さねば…ゴクゴク…なりませんわっ!」
1日ぶりに水分を体に取り入れ、プハーッ!と令嬢らしからぬ呼吸で喜びをかみしめた。
「おいしい…お水がこんなに美味しかったとは…」
転生前の悪役令嬢は、ハーブの入った氷入りの水や、魔力が注入された炭酸水、ダンジョンから汲み上げられた貴重な水など、ひと手間ふた手間かけた水ばかり口にしていた。
普通の水が出された日には、わたくしにただの水を口にしろというの?無礼者!!とワガママをいって、わざわざお茶を入れさせていた事を思い出す。
「わたくし、お水は飲めないものと思っておりましたの…ごめんなさいお水さん」
そういってまた一口飲んだ。
ローズの頭に血流が戻る。
自分の置かれた状況をゆっくりと理解し始めた。
「戦うしかないようですわね」
気力に満ちたローズは立ち上がり、宣言する。
「ここがどこかは存じ上げませんが…わたくし、ローズ・マクダナルは、この世界に順応し、以前通りの暮らしを手に入れてみせますわっ!」
手を口の横にあて、甲高い悪役令嬢の高笑いを披露する。
「ホホホ…!
オホホホホッ…!
オオーーーーーッホッホッホッホッホォ!!!!」
ピロン♪と音がして、
アチーブメント 『騒音100デシベル』
と表示された。
「だ、誰の高笑いが騒音ですってぇっ?!
ウィンドウさん、あなた平民じゃございませんこと?
わたくしは公爵家の長女ですのよ?
礼儀を覚えていただかないと困りますわ!」
ローズは恥ずかしがりながらも、以前の自分を取り戻せたことに喜びを感じた。