16話 ミッション …は置いといて、家を作る
「おはようございます、ブリリアントさん♪」
池からコップで水を汲み、飲む。
ブリリアントの水皿にも新しい水を入れる。
木の実を食べ、昨日、寝る前にぼんやりと考えたことを実行にうつす。
「今日で、この箱庭世界に来て7日目なのですわ。
どこかに、昨日が『新生ブリリアントさん誕生記念日』だということを、メモしておきたいのです!」
紙も皮紙もない。
しかし、ローズには考えがあった。
洞窟へ向かい、入り口すぐ近くの壁に立つ。
日光が差し込んでくるので、灰色の石のような側面が照らされ、よく見える。
「ここに、石材加工のスキルを使って、文字を掘ればよいのですわ。
っと!
ちょっとお待ちくださいまし。
数字で彫りましょうか、それとも、4本目までは縦線をひいて、5本目は被さる様に斜線をひいて、5ずつカウントする書き方にいたしましょうか?」
彼女が暮らしていたナーロッパ世界も、我々と同じ10進法を採用していた。
5ずつまとめて数えるのは、何かと都合がいい。
「とりあえず、5カウント方式を採用いたしましょう。
毎朝ここに線を足していけば、今日が何日目か分かるようになりますわ。
そして…」
くるりと反対方向の壁を向く。
「こちらに、細かいメモを文字で書けばいいのですわ。
では、さっそく…」
『6日目 新生ブリリアントさん誕生記念日』
と壁に彫り、反対側に7本の線を彫った。
「まさか、洞窟の壁に記録を残すことになるとは思いませんでしたわ…。
仕方がございません、だって紙がないんですもの!」
昔の人も、洞窟に絵を残したり、石に傷をつけて情報を残してきた。
フランスのラスコー洞窟壁画、スペインのアルタミラ洞窟壁画などが有名だ。
条件さえよければ、1万年後、2万年後にもデータを残せると考えると、物理的な記録は偉大である。
「紙…皮紙…ああいったものは、どのように作られていたのでしょうか?」
少し書き損じただけで捨ててしまっていた紙の事を思い出す。
あるいは、気に入らなくなったレターセットなどは、そもそも使わないままビリビリに破いて捨てていた。
「待ってくださいまし…紙もそうですが、ペンやインクも、誰かが作った品物だったはずなのですわ。
ああ!
わたくしったら、自分が使っている物がどのようにして出来ているのか、まったく知らずに生きてきたのですわね。
わたくしのモノ知らずさん!」
そう言いながら、ステータスウィンドウを開く。
『ミッション 粘土を探す』という表示を見て、悪役令嬢らしい大きなため息をついた。
「ウィンドウさんったら、冗談はおよしくださいませ。
わたくしローズ・マクダナル18歳!
お粘土遊びは、とうの昔に卒業いたしましたことよ!
オホホ!」
脳内に、子供の頃遊んだ粘土のイメージがよみがえる。
細くした粘土を指に巻き付け、指輪のデザインの練習ですわ!
と、ごっこ遊びをしたものだ。
「とても懐かしくはありますが…。
確かに、息抜きで遊ぶのも必要かもしれませんわ。
でも、優先順位的にどうでございましょう?
まだお家もないというのに、お粘土遊びを…している場合では…ハッ!
お家!」
やはり野ざらしで寝るのは心もとない。
彼女は、握りこぶしを空に掲げ、お家を作りますわよ~!!と叫んだ。
――――――――――
「…とはいえ、ですわ。
お家って、どうやって作るのでしょう…?
ご存じかしら、ブリリアントさん?」
「キャウ」
ブリリアントは撫でられて嬉しそうにした。
「そもそも、お家は何から出来ているのかしら。
木や、石や、レンガ…まだレンガはこの世界に誕生していませんわね」
レンガは天然の鉱物などではなく、粘土を日干ししたり焼いたりして作る人工物なのだが…。
「昔から、いいアイディアはお散歩中に思いつく、と言いますわ。
レベル10になった箱庭を、もう一度ぐるりと見て周りましょう♪
ついでに『ミッション 粘土を探す』もクリアできますわ」
草を食むブリリアントに手を振り別れを告げ、ローズは探索の旅に出た。
――――――――――
ステータスウィンドウのマテリアル一覧を確認しながら歩く。
広がった砂エリアに、新しく追加された石の数々。
大きな葉の植物。
横幅は50cm、長さは1m程もある。
「ガラス張りの植物園で見た、熱帯の植物を思い出しますわ」
池に生える背の高い草。
「ヨシアシと表示されている植物でしょうか?」
ベリーを付けた低木と、リンゴの木。
「フルーツ!
大好物ですの、嬉しくってよ」
その場でベリーをぷちぷちもいで、食べてみる。
甘酸っぱくておいしい。
「んんーーーーーーーーっ♡♡♡
もう一つ…モグモグ…もう一つだけ…モグモグ…これで最後にいたしますわ…モグモグ…もう一つだけ…モグモグ…これで最後にいたしますわ…モグモグ…」
発見したモノ、以上。
マテリアル一覧に『粘土』と表示されているので、どこかにはあるはずなのだが。
「でも、見当たりませんでしたわ…?」
そう言いながら、持ってきたベリーを手のひらにのせて、ブリリアントに分けている。
「クンクン…キャウ」
顔をしかめて、そっぽを向いた。
「あらっ!
ブリリアントさん、あなた本当に草しかお召し上がりになりませんこと?」
「キャウ」
「オホホ」
ベリーを独り占めできてちょっとだけ嬉しい、というのは内緒だ。




