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8. 相転移の話


 当初、ここで、H2O分子たちの、氷→水→水蒸気、の相転移の転移温度(融点や沸点)を、詳細に計算する予定でした。融点や沸点で、自由エネルギーが最小になる相が入れ替わるのを定量的に示したかったのです。しかし、この方法で計算に成功した例が見つかりませんでした。前回、水蒸気のエントロピーやエネルギーを、理想気体の近似で計算しました。しかし、液体の水のエントロピーの計算モデルをつくることが難しいのです。もし、計算できたら、ここに投稿せずに、専門の論文誌に投稿することでしょう。

 そこで、実験による測定値を使いながら、定性的な説明をします。


(1) エネルギーの単位

 エネルギーの通常の単位は、J (ジュール)です。他にもカロリーとかがいろいろな単位があります。ここでは二つの単位を紹介します。最初に、化学でよく使われる単位kJ/molを説明します。分子1個や2個のエネルギーはとても小さいです。そこで、molあたりのエネルギー、kJ/molを使います。ジュールにアボガドロ数6.02×10^23を掛け算するだけです。kJ/molと、キロkにするのは、扱う数字がちょうど良いからです。

 物理学ではエレクトロンボルトeVを使います。電子に電圧をかけて得られる運動エネルギーで、電圧xを印加した電子は、x eVのエネルギーを持ちます。xを電子の電荷密度1.6×10^(-19) (C)をかけるとジュールになります。eVもちょうどいい数字になります。

 'ちょうどいい'というのは、出てくる数字が0.01〜100くらいに収まって考えやすいという意味です。

 kJ/molは、物質量や熱量に換算しやすいです。分子は、電子と原子核に働く電気エネルギーを量子化したものなので、電圧を単位とするeVはメカニズムを考えるのに便利です。

 ちなみに、1eVは、96.48kJ/molです。以下では、kJ/molを使います。


(2)蒸発エネルギーの大雑把な見積もりと実験値

 詳しい計算はしませんが、最初に原理を説明します。二つの電荷q1とq2の間には静電気力が働きます。エネルギーは、q1q2/(4πε0r)で与えられます。ε0は誘電率です。rは二つの電荷の距離です。このように、電荷とその配置関係がわかっていれば、静電気のエネルギーを計算できます。

 水分子H2Oは、二つの水素原子Hと一つの酸素原子Oからなる分子です。H2Oは全体では中性ですが、分子の中ではHがプラス(+0.34)にOがマイナス(-0.68)に幾分荷電しています。ですので、二つのH2O分子があると互いに、プラスとマイナスを近づけて安定化します。電荷と距離がわかると電気エネルギーを概算できます。距離は、H2O分子密度から平均距離として見積もります。さらに、双極子モーメント近似というのを使うと、二つの分子を遠ざけるエネルギーは、40kJ/molと概算されます。

 水から水蒸気への蒸発エネルギー(正確にはエンタルピー)の測定値はなんと44kJ/molです。もちろん、最初の予測値40kJ/molとここまで近いのはまぐれです。実際には、もっと多くのH2O分子の集団から、一つの分子が遠ざかるエネルギーを見積もる必要があります。しかし、水から水蒸気になるということは、H2O分子同士が電気的に結合していた状態から、自由に空間を浮遊する気体に変わったといえます。


(3)蒸発に伴うエントロピーの変化

 水が水蒸気になるためのエンタルピーは、ΔH=44kJ/molでした。よって、水と水蒸気のエントロピー差ΔSとすると、


ΔH-TΔS=0 (1)


となる温度が、沸点です。水の状態のエネルギー分配の場合の数をΩl、気体状態の場合の数をΩgとすると、


T・ΔS=T・kB・[log(Ωg)-log(Ωl)]

=kB・T・log(Ωg/Ωl) (2)


ボルツマン定数kBに沸点373[K](100℃)乗じたエネルギーは、3.1kJ/molです。(1)より、


kB・T・log(Ωg/Ωl) =ΔH (3)


log(Ωg/Ωl)=ΔH/kB・T=44/3.1=14.2


Ωg/Ωl=e^14.2=1.5×10^6


となる。水の密度は、常温常圧で、1g/cm^3、H2Oの分子量が18から、水1molが占める体積は、18cm^3である。一方、理想気体は常温常圧で、1molが占める体積は、22.4l=22.4×10^3cm^3と、およそ10^3倍です。H2O分子は気体になると活動できる空間が10^3倍もあります。加えて、水は氷と密度は変わらずに、H2O分子はぎゅうぎゅう詰です。ですので、ある特定のH2O分子が高速で運動するためには、他の分子にどいてもらうか、一緒に高速走行してもらう必要があります。水蒸気中を自由に流れるH2O分子は他の分子との間に距離があるので、他の分子の状態に関係なく、高速になったり低速になったりできます。このように、空間を占める自由度、速さに関する自由度の高さが10^6倍もの状態数の違いを気体と液体に与えます。エントロピーの大きな違いが、水の中で働いていた、H2O分子間の引力を振り切り、水蒸気の中を自由に動くH2Oをつくります。


(3) 溶解について

 液体状態である水は、氷と比較して、密度が変わらないのに、流動性を示す面白い状態です。通常は、液体の方が固体よりもやや密度が低いです。しかし、水と氷では、水の方がやや密度が高い不思議な関係にあります。水は氷密度が変わらないので、水蒸気のように、H2O分子は流動性の中にあっても自由に動けるわけではありません。隣り合うH2O分子が互いの場所を入れ替えることで流動性が発現します。氷は全てのH2O分子は定められた場所と方向を向いて留まっています。なので氷は硬いです。以上から、氷はエネルギーがもっとも小さく、かつ、エントロピーも小さい状態と考えられます。温度が低いと氷となります。融点では、水のエントロピーにより、水の自由エネルギーが下がり、水の相に入れ替わります。

 氷が水になるための溶解エネルギーは、実験から、ΔH=6.0kJ/molであることがわかっています。これは蒸発エネルギーの15%に過ぎません。流動性のある水になってもエネルギーは、H2O分子間の結合がなくなるほどのエネルギーではないので、氷から水に変化しても密度はあまり変わりません。

 ボルツマン定数kBに温度273[K](0℃)を乗じたエネルギーは、2.9kJ/molです。よって、氷と水のエントロピー差ΔSとすると、


ΔH-TΔS=0 (4)


となる温度が、融点です。固体の状態のエネルギー分配の場合の数をΩs、液体状態の場合の数をΩlとすると、


ΔS=T・kB・[log(Ωs/log(Ωs)]

=kB・T・log(Ωl/Ωs) (5)


となります。ΔHはkB・Tのおよそ2倍です。よって、(4)、(5)より、


log(Ωl/Ωs) ≒2

Ωl/Ωs=e^2=7.3 (6)


である。水の状態は、同じ溶解点におけるエネルギーで実現可能な場合の数は、7.3倍であると言えます。水から水蒸気になる蒸発では、10^6倍になったことを考えると、エントロピーの変化は少ないです。



本日の要点

・温度の単位はいくつかある(J,kJ/mol,eV)

・氷や水などのH2O分子は静電気力で集合した

 凝集物である。本文では水を例にしたが、

 他の物体も同様である。

・水が水蒸気になると、場合の数は、10^6倍になる。

 氷が水になるときは、たかだか7倍である。


次回は最終話、9. 補足: 原子が見つかる前の話、です。


著者としてはこの回をもう少し鮮明に記述したかったのですが、水の相転移は、難しかったです。水の蒸発エネルギーは40kJ/molで、エレクトロンボルトeVでは、0.5eV程度です。水の蒸発において、H2O分子は破壊されず、互いに遠ざかるだけです。ちなみに0.5eVは光でいうと赤外線です。一方で、可視光から紫外線にかけては、数eVです。このエネルギーは分子の結合が切れて破壊されます。有機物など、破壊を避けたければ、紫外線はなるたけさけた方がいいでしょう、という訳です。しかし、体内には、タンパク質や核酸を再生する機能があります。この機能を保持するためには、適度に太陽にあたったほうが良いでしょう。

なぜ、このような話を書いたかというと、見ている現象によって、熱力学をアレンジすると、物質の変化をよく記述できるからです。

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