2. エントロピー(統計力学的な導入)
通常、熱力学の教科書では、エントロピーの概念は、カルノーの熱機関による熱エネルギーを仕事に変換する効率を示すことで導入されます。ただ、このやり方は少しとっつきにくいです。
そこで、このシリーズでは、原子の概念を使った、統計力学に基づくエントロピーを説明します。どちらも同じですのでご心配なく。
物体は、アボガドロ数(6.02×10^23個)を基準とするような膨大な原子からなります。いま、水の分子H2Oがアボガドロ数Nある系を考えます。この水は気体(蒸気)の状態にあるとします。蒸気が魔法瓶の中で断熱・遮熱されて、他とは相互作用がないとします。エネルギーも分子数も保存します。(*実際にこれをやると、H2O分子が魔法瓶の壁に衝突してエネルギーを失って結露するかも。壁を温めるなど工夫が必要ですが、ともかく、蒸気のエネルギーは保たれるとします。これを物理学者は、思考実験というカッコいい名前でごまかします!)
水は蒸気の気体なので、H2O間の相互作用は簡単のため無視します。すると、エネルギーEはN個のH2O分子に運動エネルギーとして分配されます。エネルギーEを分配するやり方の総数である、場合の数をΩ(E)とします。このとき、エントロピーSを、
S=kB・log[Ω(E)] (1)
で定義します。kBはボルツマン定数1.38×10^23 [J/K]です。エントロピーは、エネルギーEで実現可能な状態の数の対数にボルツマン定数をかけたものです。
統計力学では、エネルギーEを分配する全てのシチュエーションが同じ確率で実現すると考えます。極端なシチュエーションとしては、一つの分子だけがエネルギーEを総取りして他の分子のエネルギーはゼロも原理的にはありです。全ての分子が同じ方向に進むシチュエーションもありです。しかし、6.02×10^23個もの粒子のあらゆるシチュエーションを考えると、極端なシチュエーションが起こる可能性はほぼゼロです。平凡ですがありそうなシチュエーションとしては、エネルギーを全ての分子で等しく分け合う場合もあります。あまりに数が多いので、むしろあらゆるシチュエーションの平均値が高い確率(ほぼ決定的に)で発現します。確率論で母数が多いほど信頼性が上がるのと似ています。
エントロピーはエネルギーを分配する場合の数(の対数)です。つまり、実現可能性の数を現します。与えられたエネルギーが大きいと乱雑になります。
次に、なぜ対数logなのかを説明します。二つの系があったとして、二つの系の合算のエネルギーがEとします。系1にエネルギーE1、系2にエネルギーE2とします。系1と2のエネルギーの合算はE=E1+E2です。
系1にエネルギーE1を分配する場合の数をΩ1(E1)とします。同様に、系2にE2を分配する場合の数はΩ2(E2)です。全体の場合の数は二つの積、をΩ1(E1)×Ω2(E2)になります。よって、系1と2のエントロピーSは、
S(E)=kB・log[Ω1(E1)×Ω2(E2)] (2a)
=kB・log[Ω1(E1)]+ kB・log[ Ω2(E2)] (2b)
=S1+S2 ただし、 E= E1+ E2 (2c)
となります。つまり、場合の数の対数をとることで、掛け算を足し算に変換できます。
本日の要点
・統計力学は、ある系に与えられたエネルギーで実現できる状態は同じ確率で実現する。
・分子数が膨大なので、あらゆる可能な状態の平均値が発現する。
・エントロピーは、エネルギーを分子に分ける場合の数(実現可能性)の対数である。
・対数をとることで、場合の数の掛け算を足し算にできる。
次は、3. 孤立系のエントロピーのお話しです。
以下は、ご参考です。いまわからなくてもがっかりしないでください。
エントロピーS(E)はエネルギーEで物理的に実現できる状態数Ω(E)の対数です。統計力学では、全ての状態を数えあげて、全ての状態が同じ確率で実現すると仮定して、統計操作からいろいろな物理量を統計的に算出します。この考え方は、エネルギーを変数としたミクロカノニカル分布という統計で算出する方法です。エネルギーではなくて、温度が与えられる場合には、実現できる物理状態iのエネルギーEiとして、実現確率は、e^(-Ei/kBT)に比例します。e^(-Ei/kBT)の全ての状態iの総和をとります。総和を分配関数といい、その対数にkBTを乗じたものを自由エネルギーといいます。温度を与えて、実現可能な物理状態の確率の総和から統計計算する方法をカノニカル分布といいます。どちらで考えても同じ答えがでます。