ああ情けない、情けない
光が近づいてくる。
それとも自分が近づいていっているのだろうか?
どんどん大きくなり強くなるその光は、やがてその中に美しい中性的な人物を映し出した。
『おお吟子よ、死んでしまうとは情けない』
「うるせえよ! それもう分かってたからな! それでも言うとかお前それ嫌がらせだろ!」
『分かってるなら話は早い。いやもうほんとに情けなくて涙が出るよ。使命を果たすどころか死ぬ直前まで記憶を取り戻せず人のまま死ぬとか。どんだけダメなんだよ君』
「ふざけんな! ていうか絶対無理だからな! がっつり記憶にロックかけやがって!! どんな奴でも思い出せんわこんなん!!」
『まああんまり簡単に思い出してもまずいからさ。そこはきっちり仕事させていただきました』
「ほんっとよけいなことばっかしやがって!! ノルマあるんだから、もうちょっと甘い作りにしといていただけなかったんですかねえ!?」
『エルフって基本人間嫌いだからねえ。下手に思い出すとみんな大量殺戮とかしちゃうんだよ』
そう言われてわたしは思わず口をつぐんだ。
確かに早い段階で思い出してたらやってたかもしれない。
『ノルマこなしながらギリギリを攻めてくるんだよね。ほんと君たちタチ悪いよ』
「エルフに人間救わせようとするほうがタチ悪いんじゃないじゃないんでしょうか」
『そこはほら、エルフって形が人間に近いからさ、違和感が少なくてすむし、能力も高いし。他の種族よりは上手くやってくれそうな気がしたんだよね』
他の種族、と言われて思い浮かべたのはドワーフやドラゴンだ。
ドワーフはものづくりに熱中してヤバいことになりそうだし、ドラゴンは人間のこととか完全に眼中にない生き方をしそうだ。
『その点、君たちはなんだかんだで仲間として相手を認識するのが早いからさ。見捨てられなくて力を貸しちゃうだろ?』
「……まあ、他と比べたら」
しぶしぶわたしは認めた。
ドワーフは気のいい奴らだが、職人気質が過ぎて、自分の世界に熱中しがち。
ドラゴンは情が深いが、しかし彼らに気に入られるのは並大抵のことではない。まあまず無理。
獣人たちは人に近いがそれ故に馴染みすぎて、人を助けようとする余り共倒れになる未来が見える。いや、共倒れの前に人の犠牲になりそうだ。
そして妖精や精霊ではそもそも、「人」それ自体が理解できない。はい詰んだ。
ちっ、とわたしは舌打ちをした。
『やだやだ、品がないねえ』
「人間に生まれる、なんてとんでもない育ちをしてるもので。申し訳ございませんねえ、我が神」
そう。
目の前のこいつはわたしが前世で信仰していた森の神である。
前世のわたしは精霊が肉体を得たタイプのエルフの一族だった。
地球とは違う世界・ウェイクラウドで暮らしていたが、ある日一族が信仰する神が目の前に現れてこう言った。
『お前に使命を与えます。地球という異世界へ転生して、世界が闇に沈むのを救ってきなさい』。
わたしはもちろん役者が不足しているからと丁寧にお断り申し上げたが、それに対する神の答えはこうだった。
『仕事だからな、これ。いいからしのごの言わずに行ってこい』。
そしてエルフなら誰でも疎ましく感じる人間に強制的に生まれ変わる羽目になった、というわけなのだ。
もちろん、使命を与えられての異世界転生となれば、ひとつと言わずふたつ、みっつとチート能力を持っているのが当然である。
だが、神はここで待ったをかけた。
本来なら、わたしはチートに加えてエルフの記憶を手に生まれたはずなのだが、奴はそこに多くの制限をかけやがったのだ。
まず、記憶が戻らないうちはチートどころか普通の常人の能力ですらほぼ使用できないように。
そしてその記憶が戻る条件は鬼のように厳しいもので何重にもロックをかけた。
次に生まれる環境もよろしくない場所にして、生きるだけで必死になるような状況にした。
その上で、絶対に自殺したりしない、と強力な暗示をかけるというわけだ。
マジクソ。
「これ思い出すなって言われてるような気がするんですけどね?」
『頑張って思い出して、って言ってたんだよ?』
「無理だと思うけどね、って後ろについてるだろ絶対」
わたしがにらみつけると、神はにっこり笑ってごまかした。
信仰が揺らぐって、きっとこういうとき。
『まあでも最後の最後、ほんっとうにギリギリで君は思い出した。おめでとう』
「でも死にましたよね?」
『うんまあ死んだね』
「もう帰っていいですか?」
『いやそれはちょっと』
「なんで!」
『だってまだノルマ全然達成してないからさ』
なんだそのブラック!!