さよなら、人生
時間のある時にちまちま書いていきます。
痛い。
そして重い。
体中打ち身と、踏みつけられた衝撃で骨がどうにかなっている。
誰かに助けを求めようにも、上に重なる人の重みで体が動かない。
腕や足から血がどくどくと流れて出ていくのが温かいのに、体はどんどん冷えていく。
ようやく休みが取れて、昼まで寝ていた日曜。世間は夏休みだ。
久しぶりに髪でも切りに行くか、と予約をして横浜まで出てきてのウィンドウショッピング中。なにかよく分からないがパニックを起こした人混みに巻き込まれ、エスカレーターから後ろ向きに転げ落ちた。
落ちる時にもあちこちぶつけたが、悲鳴をあげて逃げ惑う人々の足元で踏まれ、蹴られて潰されて、さらに他の人が上に倒れ込んでくる中、いっそ意識を失えたらどんなにか楽だったろうにと思う。
こんな状況でも、わたしはまだ意識があった。
いい事、嬉しい事、幸せだと感じる事。
そんなものの少ない人生だったような気がする。
それはわたしが後ろ向きでマイナス思考の人間だったからなのだろうか?
どっちにしてももう終わる。
クソみたいな人生だった。
どう考えても人よりツキがなかった。
なのに、呪いみたいに自殺だけはしないと決めていた。
クソみたいだ。
もしかしたら本当に呪いだったのかも……。
心の中でこれまでの人生を罵りながらそこまで考えて、ひゅー、ひゅー、という浅い息を繰り返す中で、『あれ』と閃くものがあった。
なんだろう、何か掴めそうだ。
呪い。
自殺しないと決めたのは自分の心の強さや家族への思いからだと、ずっとそう考えていた。
けど、呪いだったら。
考えれば考えるほどそれが真実に思えてくる。
ていうか誰に呪われてんの?
クソみたいな人生でも死なないように、長生きさせようとするとか親切心に見せかけて極悪なんですけど?
ともすればかすれて消えてしまいそうな意識が、怒りではっきりとしてきた。
自殺させないように洗脳する呪い、マジ最悪だな。
一体誰が、なんでそんなマネを。
もしわたしが死んでたら一体どうなってたんだ。あの世に行くのか?
それとも生まれ変わり……。
生まれ変わり?
生まれ、変わる。なんに?
来世、動物に? 人間に?
いやないだろ、人間とか。最悪すぎる。そもそも人間に生まれ変わる事じたい……、じたい……。
わたしはカッと目を見開いた。
声は上げられなかった。
なぜならもう死にかけてたから。
ああああああああ!!!
ちっくしょう!!
なんだこれなんだこれなんなんだ一体これちくしょう!!
なんで死にかけてんだわたし!
クッソ、クッソ、クッソ!!!
今これで死んだらノルマ未達成じゃねえか!!
あああああ!!
あの神の光り輝くドヤ顔が目に浮かぶ!!
あいつ絶対言うよ! 間違いなく言うよ!
『死んでしまうとは情けない』
とか絶対言う!!
ああああああ、ちっくしょう!! ………あ、いかん、終わった……。
最後に脳内でブチ切れて、そしてわたしの意識は吸い込まれるように遠くなった。
暗転。
ああわたしよ、死んでしまうとは情けない……。
中小企業で働く40代社畜中年女性、水渚吟子、独身。
横浜駅近くのファッションビル内で死亡。
前世は異世界のエルフ(♂)であった。