E♭
――ダークライト城 一室。
一人の少女が、椅子に座って泣いている。少女はすみれ色の髪を持った少々小柄な女の子で、真っ白なドレスに身を包んでいた。
「ぐすっ……いやだ……こんな力……無ければ良かった……」
コンコン。
「?!」
「入ってもよろしいですか?」
あいつの声だ…。
少女は涙をぬぐい、髪を整えて言った。
「…どうぞ」
「失礼致します」
入ってきたのは、少女よりも大人びて見える少年で、どちらかといえば青年に近かった。漆黒の少し長めの髪を一つに縛り、その端正な顔つきは笑みを絶やさない。
「気分は如何ですか? 予言者さん」
「シェイド・バークライカン……何のようですか」
「麗しき姫の御顔を拝見しに……」
シェイドは少女に近づいた。そして、触れようとする。
「出て行ってください!」
少女はその手を払いのける。シェイドは残念そうな顔をしたが、しかし、微笑んでいた。
「冷たいですね。話し相手になって差し上げようと思いましたのに」
「貴方と話す事なんて……何もない!」
「そうですか、それは残念です」
シェイドは小さく笑うとやれやれ、と歩き出す。少女は椅子から立ち上がると言った。
「私を、解放して」
「それは無理な話ですね。あぁでも、一生私に服従すると誓うなら考えてもよろしいかと」
ルビーのような真っ赤な目で少女を見つめるシェイド。
「いやよ! ここからだして!」
「ですからムリです」
「別に……私がいなくたって……」
「貴方がいないと、計画が進まないのです。貴方の、予言の力が必要なのです」
「こんな力、要らない!」
「……………」
「ここから解放してくれないのなら……私を殺して」
「何を言い出したかと思えば……くっくっく」
シェイドに、また困った様な笑みが現れる。少女はひるまない。
「こんな力があるから、私が生きているから……お姉ちゃんは……」
「………」
「だから………早く殺して!!…………っっ??!!」
少女は静かに息を呑んだ。今自分の首筋の手前に、剣が突き立てられているからだ。
「暴力は嫌いです。でも、強情な方はもっと嫌いです」
「………」
「この剣を少し前に押せば……貴方は死にます」
「………」
「今貴方が殺せと言えば、この剣を前に突き出してもよろしいでしょう」
「…………」
シェイドが剣をしまうと少女は床にぺたんっと座ってしまった。そして、シェイドを睨み付ける。
「思ってもいないことを、簡単に口にしない方がよろしいですよ」
「………」
「未来の私は……どんな人間ですか?」
「…………」
「…………」
「……貴方は一体何をしたいの? ……貴方は何者なのよ?!」
「さぁ、私にもよく分かりません」
「…………」
「貴方は、無駄と分かっていても何故、先程から抵抗するのですか?」
「自分の力が嫌いだから……認めたくないからよ!!」
少女はシェイドに見下されているように感じたのか、身を前に乗り出して叫んだ。
何故か、シェイドの顔から少し笑みが消えたように見えた。
「そうですか……貴方は強い方なのですね。……羨ましい」
「?」
「私は弱い……現実から逃げるばかりです」
「何を……」
「…………が」
「え?」
何を言ったか聞こえず、そのままシェイドは部屋を出ようとしたが、何かを思い出したらしくこちらにくるっと方向を変えた。
「?」
「貴方は、私が気づいていないとお思いですが……」
「……何よ」
「とぼけたって無駄ですよ。まぁ、この城の能無しの魔王様は気づいていなようですが」
「……私は」
「無事に……助けに来てくれると良いですね……お姉さん達」
耳元でささやかれ、少女はバッと身を翻した。そして、震えた。
「何で……?」
「何故知っているか? さぁ、存じません」
「……」
「ただ……」
「……?」
「私、勘が良いんですよね」
「何それ……」
「何って、きいての通りですよ」
「ふざけないでよ! ……ひゃっ?!」
ドン。
少女の細い腕はシェイドによって完全に押さえ込まれ、壁に押しつけられ、身動きが取れなくなる。シェイドの顔が近づいてきたかと思うと、ぎゅっと目をつぶる。
「おや、顔が真っ赤ですよ? …それにふざけてなどいません。私は常に至って真面です」
シェイドが少女の耳元から離れ、手を離すと、少女はまた、床に座り込んでしまった。
「…………」
「では、私はこれで失礼致します」
シェイドは笑顔で部屋の外へ出て行った。足跡はだんだん遠くなり、聞こえなくなった。
残された少女は、震えながらも呟く。
「何で? ……どうして知ってたの? ………お姉ちゃん!」
その声は、誰にも聞こえない。