B♭
カシャン。
剣の落ちた音がした。目を開けると、シェイドが下を向いて立っていた。
「私は……貴方のような人になりたかった……」
そういうと、反対の鞘から短剣を抜いた。両手で持って構える。僕も思わず構える。
そして、その剣先は、彼の腹部へ……。
「何してるんだよっっ?!!」
僕はシェイドから短剣を奪い取ると、床へたたき落とした。シェイドはゆっくりと顔を上げる。その顔に笑みはなかった。
「自分の運命を変えてやろうと……何度も思いました……。
でも、運命を変えたあと自分がどうなってしまうかと考えると……答えが見つからず、いつも不安で恐かった……。
でも貴方は違った……。何もできないし弱い人だ。
でも最後まで諦めずに戦った。そんな貴方を見ていたら……自分は情けなくて……」
「だからって……!」
シェイドは短剣を拾おうとする。僕が止めようとしたが、もう遅かった。
「来るな!」
そう言って、僕に剣先を向ける。
そして、今度こそ、自分の腹部にその刃を突きつけた。
僕は叫んでいた。優依歌ちゃんと菜ノ花さんは顔を手で覆う。
シェイドの体は、ゆっくりと崩れていった。
「おいっ! しっかりしろよ! 死ぬな!」
「………」
僕と……優依歌ちゃんは、シェイドに駆け寄っていた。菜ノ花さんはその後ろで、まだしゃがんでいる。
「何で、何でっ! この世に消えていい命は、一つもないのに!」
「ねぇ、見て」
「え?」
優依歌ちゃんの声をした方を向くと、シェイドは安らかな顔をしている。
「涙を流しながら、死んでる……」
〜♪
♪〜〜〜〜♪〜〜〜〜
なんて、美しい涙。
優依歌ちゃんの音色は、シェイドを優しく包み込む。
「今度生まれ変わったときは、幸せになって欲しい」
「そうですね……きっと、大丈夫です……」
僕がそう言うと、菜ノ花さんは答えてくれた。
「お姉ちゃん」
優依歌ちゃんは、菜ノ花さんの元へ行く。
「……」
「……言いたいことが、あるの」
「待って。私から、言わせて」
そして、ずっと言いたかった言葉を、告げた。
「ごめんなさい!」
「…………」
「あの時、優依歌が予知したことを他人に言えないことを知っていたのに……取り返しの付かないことを言った。
優依歌がジュダに捕まったとき、凄く寂しくて……私……優依歌が大好きなんだなぁって、思ったの。
だから、ムリかもしれないけど、昔のような、仲の良い関係に戻りたい!」
菜ノ花さんは顔を上げない。
「お姉ちゃん」
優依歌ちゃんは、菜ノ花さんの顔を上げていった。
「私も、お姉ちゃんのことが……大好きだよ!」
「優依歌、私……」
優依歌ちゃんは菜ノ花さんを抱きしめる。
「いいの、もういいの!」
「でも……」
「私が良いって言ってるんだから、大丈夫!」
「…………ありがとう」
二人はまた強く抱きしめ合った。
そして、少しゆるまって菜ノ花ちゃんは腕をといた。
「……私が、予言を言えない理由はね……」
「え?」
「昔、間違った予言をして、たくさんの人に、迷惑をかけちゃたことがあるの……。それから、人に予言をするのが恐くなっちゃって……」
「そうだったの……」
「お姉ちゃん、これからも、仲良くしてね!」
「……うん!」
二人はこちらへ走ってきた。
「蒼夜さん、大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫……あれ? ……眠くなって来ちゃった……」
「蒼夜さん?! 蒼夜さん、蒼夜さん………! ………………」
「うわっ!」
目が覚めると、そこは僕の部屋で、そして、朝だった。
「いつの間に寝たんだっけ?あれ、パソコン付けっぱで寝ちゃったのかぁ……」
時計を見て思い出す。
「そうだ、今日は……」
「にゃぁ〜」
「こいつを連れて行かないと」
鈴を付けた小さな子猫を抱いて、階段を降りていく。
「それにしても、可笑しな夢だったなぁ」
その足跡はだんだん遠のいていき、聞こえなくなった。あとには、パソコンの音が響く。
画面に書かれていた言葉は……――。
ありがとう